吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

吸血鬼の形成の歴史を民間伝承と海外文学の観点から詳しく解説、日本の解説書では紹介されたことがない貴重な情報も紹介します。ニコニコ動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼」もぜひご覧ください。

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【追補】吸血鬼小説「謎の男」の作者判明の経緯について【ピーター・ヘイニングの捏造疑惑⑨】

シリーズ目次(クリックで展開)吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の作者はティークではなくて別人だった!本当の作者とは!?
(ヘイニングの不正を知る前の記事)
女性作家による最初の吸血鬼小説「骸骨伯爵、あるいは女吸血鬼」が捏造作品だったことについて
古典小説「フランケンシュタインの古塔」はピーター・ヘイニングの捏造?他にもある数々の疑惑
ホレス・ウォルポールの幻の作品「マダレーナ」が、別人の作品だった
女性で最初に吸血鬼小説を書いたエリザベス・グレイという作家は存在していなかった
ドラキュラに影響を与えた作者不詳の吸血鬼小説「謎の男」の作者が判明していた
ドラキュラのブラム・ストーカー、オペラ座の怪人のガストン・ルルーに関する捏造
吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」の作者を間違えたのは、ピーター・ヘイニングではなかった?
吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」を1800年作と紹介してしまったのは誰なのか
⑨この記事
アメリカ版「浦島太郎」として有名なリップ・ヴァン・ウィンクルの捏造


www.vampire-load-ruthven.com


 以前、吸血鬼小説「謎の男」の作者が、作者不詳ではなくカール・アドルフ・フォン・ヴァクスマンであることを解説したが、今回はその追補となる記事。上記の記事では海外のネット掲示板の書き込みを情報ソースとしたが、その大本となる書籍によるソースを発見した。


 実は今年6月には既に入手済みであったのだが、他にも色々やることがあるので後回しにしていた。ところが、今年12月1日に紀田順一郎・荒俣宏編による「新編 怪奇幻想の文学2 吸血鬼」(新規現社)において、その収録内容に「謎の男」が作者ヴァクスマンとして収録されることが本日アナウンスされた。なので急遽、つい後回しにしていた「謎の男」の作者判明の経緯の大本となる情報ソースを、今回紹介していく。一応これまでの簡単な経緯も改めて説明するが、できれば以前の記事をご覧頂いてから、この記事をご覧頂きたい。


 簡単にだが、これまでの経緯を説明しておこう。以前、ドラキュラに影響を与えた作者不詳の吸血鬼小説「謎の男」の作者が判明していたという記事で紹介した「謎の男」という吸血鬼小説。この作品はブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ(1897)」よりも前に発表された作品で、しかもドラキュラと似通ったシーンがあるので、ドラキュラはこの作品の影響を受けたものであると主張する研究者もいるほどの作品だ。だが作者は不明、1860年にドイツ語から英訳されてオッズ・アンド・エンズ誌に掲載されていたということしか、長年分かっていなかった。これは、自称聖職者のモンタギュー・サマーズ師が1934年にそのように主張してから、そのサマーズ師の説が、長年信じられることとなった。比較的近年に発売された「萌える!ヴァンパイア事典(2015)」でも、やはり作者不詳と紹介されている。


 日本語訳は長らく、1980年に翻訳されたマイケル・パリー・編/小倉多加志・訳「ドラキュラのライヴァルたち」:ハヤカワ文庫(1980)という海外のアンソロジーに収録されたものしかなく、中古の入手すら難しかった。これが日本において最初にこの作品を紹介した事例になるだろう。


 長年サマーズ師の説が、とくに疑いもされず長年信じ続けられた。だが近年になってようやくサマーズ師の説は検証不足であり、もっと古い事例があることが判明した。イギリスの怪奇小説作家として有名なM・R・ジェイムズは、1929年12月に刊行した”Some Remarks on Ghost Stories ”において次のように書き残した。


There is Dracula, which suffers by excess. (I fancy, by the way, that it must be based on a story in the fourth volume of Chambers’s Repository, issued in the fifties.)


(ブラム・ストーカーの)ドラキュラは過剰なまでに苦しんでいる。(ところでこの作品は、50年代に発行されたチェンバーズ・リポジトリの第四巻に掲載された物語がもとになっているに違いないと考えている。)


 M・R・ジェイムズは、「ドラキュラ」には元となった作品があり、それはチェンバーズ・リポジトリの第四巻に収録されたと発言している。本当にこれだけを述べただけであり、その元となった作品は何あるどころか、吸血鬼の作品ということすら明言はしていない。


 そんな状況の中、この話題に一石を投じたのが、当ブログではお馴染み、イギリスのアンソロジスト、故ピーター・ヘイニングである。ヘイニングは「M・R・ジェイムズの超自然の本」"M. R. James Book Of The Supernatural"という、ジェイムズに関するアンソロジーを1979年に刊行した。その中でヘイニングは、「M・R・ジェイムズが主張した、「ドラキュラ」の元になったという「チェンバーズ・リポジトリ4巻」に収録された作品」は「クリングの吸血鬼」"The vampire of Kring"である」と説明、実際にその内容を収録して紹介した。


vaultofevil.proboards.com


ところが、Valt of Evilという海外の掲示板のヘイニングのトピックにおいて、ヘイニングが不正をしていたことが言及されていた。ダグラス・A・アンダーソンというアメリカの編集者は、チェンバーズ・リポジトリを第四巻(1854年)どころか全て調べたところ、「クリングの吸血鬼」なる作品はどこにもなかったことが判明。それどころかヘイニングが収録した内容は、同じ出版社が1896年に刊行したチェンバーズ・ジャーナル"Chambers's Journal"に収録されていたものであることを突き止めていた。元の題名は”CONCERNING VAMPIRES.”というもので、中世のドイツ人牧師がまとめた吸血鬼信仰を、当時のチャンバーズ・ジャーナル紙の読者にその一部を紹介した記事で、その一例として「クリング地方で起きた吸血鬼騒ぎ」を紹介した記事であった。


同じ出版社とはいえ、流石に刊行年月日が違うリポジトリとジャーナルを間違えるなど、到底考えられない。これは明らかにピーター・ヘイニングに捏造の意思があったとしか思えないミスだ。私も両方確かめてみたが、ヘイニングのアンソロにあったものは、ジャーナルに掲載されていたものであることが確認できた。


チェンバーズ・ジャーナル:当時のアーカイブリンク
上記をテキストに起こしたサイト
・ヘイニングのアンソロジー"M. R. James Book Of The Supernatural"は、Amazon、eBay、abebooksなどで見つかります。


A・アンダーソンは、リポジトリの4巻にあり、ドラキュラに影響を与えたであろう作品は、吸血鬼小説である「謎の男」であると主張。これは1854年に刊行されたものであり、サマーズ師が主張した「オッズ・アンド・エンズ誌」の1860年よりも前だ。原著はドイツ語だがこれらは両方とも英訳だ。そしてA・アンダーソンは、その原著となるドイツ語の原著も見つけ出していた。原著は1842年"Der Fremde"というタイトルで発表され、作者はドイツの作家カール・アドルフ・フォン・ヴァクスマンであるも突き止めていた。


以上のことを、先ほどの海外掲示板Valtの書き込みで知り、そこから内容をまとめて以前記事で紹介させていただいた。だがいくら裏が取れたとはいえ、掲示板の内容を情報ソースとするよりかは、きちんとした書籍から引用したい。それに掲示板の内容だって元はと言えばきちんとした情報源があるはず。そう思っていろいろ検索したら、わりとあっさりと見つけることができた。


wormwoodiana.blogspot.com


上記はWormwoodianaというブログで、先ほどのダグラス・A・アンダーソン氏が運営しているブログだ。上記の記事はA・アンダーソンが執筆した論文アンソロの宣伝記事。これを読むと「謎の男の作者を初めて特定することができた」とあるので、これがValtの人たちが言っていた情報源に違いないと思い、購入を決意した。問題の本はドイツの科学出版社トーリアから2010年に刊行されたImmortals and the Undead (FASTITOCALON 1.2) という、数人の研究者の論文を収録したものだった。


Immortals and the Undead (FASTITOCALON 1.2)
Immortals and the Undead (FASTITOCALON 1.2)


www.wvttrier.de
www.wvttrier.de


上が公式サイト、下が実際の販売ページ。クレジットカードが使えるのであれば日本にも輸出してくれるようであるが、海外のよく知らぬサイトでクレジットカードを使うこと、1990年代を彷彿とさせる販売ページには少々躊躇った。eBayなどで探してみたが、他の号はあれど目的の号はなかった。そうした矢先、意外にも日本の紀伊国屋で取り寄せ購入できることを発見、実際購入することができた。

www.kinokuniya.co.jp



ということでその内容を紹介していこう。まずM・Rジェイムズが1929年に発言した「ドラキュラは、チェンバーズ・リポジトリにある作品に基づくものではないかと思う」という発言。これをヘイニングは1979年に「クリングの吸血鬼」であるとして主張、実際にその作品を紹介したわけだが、その3年前の1979年にヘイニングが出したアンソロジー「ドラキュラ・スクラップブック」で、既に言及していたという。しかもヘイニングが言及するまで、誰もこのMRジェイムズの発言には気づいてなかったという。この点に関してだけ言えば、ヘイニングは炯眼を発揮したといえるだろう。まあその後の行為や他の不正案件で、その功績も台無しになっているが。


ドラキュラ・スクラップブックは以前から購入して持っていたが、英語が読めない私は気になるところしか読んでいなかったので、この件で漸くその記述があることを知った次第。


ヘイニングはドラキュラ・スクラップで最初に言及、その3年後のアンソロジーで「MRジェイムズが言っていた作品の謎を解いた」と主張して、その作品は「クリングの吸血鬼」であるとして紹介するが、アンダーソンさんは、その主張に対して容赦なく切り込んでいた。


ヘイニングが不正な情報源を提供しているという評判(特にストーカー関連の出版物で顕著な問題)を知らなくても、彼の「発見」には注意が必要である、など冒頭ですでに容赦のないツッコミがはいる。以前の記事でも紹介したが、ヘイニングは要注意人物として一部では有名だったようだ……
とまれこの後は、ジェイムズが言っていた作品は「クリングの吸血鬼」ではなく、どう考えて「謎の男」という作品であろうと結論付けている。


その次は、その「謎の男」について説明。サマーズ師により1860年のオッズ・アンド・エンズ誌に収録されたということを紹介している。だが今回初めて知ったのだが、なんとこのサマーズ師の説明、実は間違っていたことが判明。オッズ・アンド・エンズ誌は1865年から1869年にかけて23回出版されているので、サマーズもヘイニングと同様に間違っていると、アンダーソンは述べる。その後括弧書きで「サマーズの文献は、時にはヘイニングと同じぐらいお粗末だが、彼の間違いは時には意図的に欺瞞的に作られるヘイニングのものよりも、ずさんさや情報源の乏しさによるもののようだ」という、サマーズをフォローしているのか、ヘイニングを貶しているのかよくわからない注釈をいれており、思わず笑ってしまった。というか、A・アンダーソンはブログでもそうだったが、ヘイニングに対してやたらと辛辣なものいいが目立ち、隙あらば貶している。まあそれだけ許せないのだろう。


そして「謎の男」の作者、ヴァクスマンの紹介に入る。現代では忘れ去られた作家で、本名はカール・アドルフ・フォン・ヴァクスマンでだが、自身の著作にはC. von Wachsmannと署名していた。1787年9月27日、シュレージジェンのグリュンベルク(現在のポーランド西部シエロナ・ゴラ)で生まれ、プロイセン軍に所属。最終的にドレスデンに移り住み、1862年8月28日に死去した。彼は様々な新聞社に勤め、また設立、1830年から49年にかけてライプツィヒで出版された「物語と小説」”Erzählungen und Novellen”30巻分に、彼の人気恋愛小説が集められた。今回の「謎の男」はその1844の「物語と小説」の 巻に収められたもの。ヴァクスマンの作品のほとんどは英訳されていないどころか、ドイツ語の版でさえ、アメリカの学術図書館では極めてまれだという。


この後は、「ドラキュラ」と「謎の男」の類似点が本当にあるのかという説明がある。そして最後はヘイニングが紹介していた「クリングの吸血鬼」だが、これはチェンバーズ・リポジトリにはなく、1896年11月14日号のチャンバーズ・ジャーナルに掲載されたもの。これは1897年のドラキュラ出版直前に掲載されたもので、ストーカーの小説の展開には何の影響もあたえなかったはずである、と締めくくれらている。


以上簡単にであるが、A・アンダーソンの本の紹介となる。この本こそが掲示板Valtで言及されていた大本の情報源であった。真面目な本であるのに、ところどころにあるヘイニング対する容赦のないツッコミと貶しには、思わず笑ってしまうほどでした。


以上をまとめると、「謎の男」の作者を突き止めたのは、ダグラス・A・アンダーソンであり、2010年になってようやく初めて判明した。しかもそれはピーター・ヘイニングの不正を突き止めるという形で実現している。こうしても見るとサマーズ師の説が長年、信じれられていたわけだが、もっと早くに言及されててよさそうなものである。こうして長年判明しなかったのは、完全に個人的な憶測になるが、オッズ・アンド・エンズ誌がかなりの稀覯本である可能性があることが関係しているのではないかと思う。現代ではネット発達により、海外の古い本や資料はアーカイブ化が進んでおり、Googleブックスなどを筆頭にアーカイブサイトで検索すれば、簡単に見つかることも珍しくない。実際、「謎の男」のドイツ語原著、チェンバーズ・リポジトリに収録された英訳版、ヘイニングは嘘の主張をした「チェンバーズ・ジャーナル」は、全てネット上で当時のコピーが簡単に閲覧できる。ところが、オッズ・アンド・エンズ誌だけは、当時のアーカイブすら発見できない。それどころかどこに保管されているかという情報すら出てこない。となると、まず保管している機関を探すところから始まるため、長年サマーズ師の説が信じられてしまうこととなったのだろう。


「謎の男」の作者をヴァクスマンと紹介したのは、アンダーソンである。だが専門書であるので、一般的に知れ渡ったとは到底思えない。一般的に広めた最初の事例は、恐らくマイク・アシュリーによる2011 年のアンソロジー"Vampires: Classic Tales"だと思われる。ここでアシュリーは「謎の男」をヴァクスマンだとして掲載し、「背景を調べてくれたダグラス・アンダーソンとトーマス・オネゲルに感謝します」との謝辞を送っている。ただ、その背景の説明は一切なく、物語の掲載に留まる。日本のkindleストアですぐに購入が可能だ。


ということで、今回はこれで終わりです。皆様もご存知のように、私はニコニコ動画で吸血鬼の解説をしていますが、次回はこの「謎の男」を解説する予定でした。それが今回、12月1日に発売予定の「新編 怪奇幻想の文学2 吸血鬼」に収録されるということが分かり、紹介するにはいい機会となりました。できれば今年中に動画を投稿したいのですが、なかなか時間が取れないで微妙になってきました。ぜひとも今年中にはある程度投稿できるよう、頑張っていきたいと思います。


最後に。「謎の男」は長年、日本語訳は1980年に刊行されたハヤカワ文庫のものしかなく、古本ですら入手が難しかったのですが、今回ついに手に取ることができるようになりました。しかも今度は作者不詳ではなく、ヴァクスマンが作者として刊行されます。この作品の作者を日本で最初(私が最初のはず)に紹介した私としては思い入れのある作品なので、嬉しい限りです。既に予約もできるので、皆様もぜひ読んでみてはいかがでしょうか。



次の記事➡アメリカ版「浦島太郎」として有名なリップ・ヴァン・ウィンクルの捏造

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