シリーズ目次(クリックで展開)
⓪吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の作者はティークではなくて別人だった!本当の作者とは!?(ヘイニングの不正を知る前の記事)
①女性作家による最初の吸血鬼小説「骸骨伯爵、あるいは女吸血鬼」が捏造作品だったことについて
②古典小説「フランケンシュタインの古塔」はピーター・ヘイニングの捏造?他にもある数々の疑惑
③ホレス・ウォルポールの幻の作品「マダレーナ」が、別人の作品だった
④女性で最初に吸血鬼小説を書いたエリザベス・グレイという作家は存在していなかった
⑤この記事
⑥ドラキュラのブラム・ストーカー、オペラ座の怪人のガストン・ルルーなど、まだまだある捏造疑惑
⑦吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」の作者を間違えたのは、ピーター・ヘイニングではなかった?
⑧吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」を1800年作と紹介してしまったのは誰なのか
⑨【追補】吸血鬼小説「謎の男」の作者判明の経緯について
⑩アメリカ版「浦島太郎」として有名なリップ・ヴァン・ウィンクルの捏造
吸血鬼の代名詞といえば、なんといってもブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」(1897)だろう。そのドラキュラに影響を与えたとされる吸血鬼小説はいくつかある。その中でも1860年に作られたとされる「謎の男」"The Mysterious Stranger"という吸血鬼小説は、これまで作者不詳として紹介されてきた。ところが近年になって「謎の男」の作者が判明しており、海外では普通に作者が公開されていた。日本ではこれまで紹介された形跡はないので、当ブログが本邦初の紹介となるだろう。
そして今回の記事のタイトルには「ピーター・ヘイニングの捏造疑惑」とつけてある。そう、「謎の男」の作者判明の背景には、またしてもピーター・ヘイニングが絡んでくる。過去4回にわたりヘイニングの数々の不正疑惑を解説してきた。今回の「謎の男」に関しては、ヘイニングはなんら不正はしていない。だが「謎の男」の本当の作者が判明した背景には、ヘイニングが関わってくる。ということで、そのあたりの事情を今回は紹介していこう。
過去記事はこちらへ
www.vampire-load-ruthven.com
「謎の男」のこれまでの定説
「謎の男」という吸血鬼小説を知らない人が大半だと思われるので、まずは「謎の男」という作品のこれまでの定説を解説しておこう。冒頭で私は「謎の男」はブラム・ストーカーの「ドラキュラ」に影響を与えた作品のひとつと紹介したが、これは私の個人的な意見ではなく、実際そのように紹介されている。マシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」には、次のようにある。
項目『ドラキュラ』より
1897年のブラム・ストーカーの小説『ドラキュラ』に初登場し、その後、現代の作家たちのいくつかの小説にも登場したキャラクター。ビストリッツァのドラキュラ伯爵は、ホラー小説の主要登場人物の一人であり、吸血鬼の原型のような存在――測りがたい自我と、完璧な悪の性向をもつ悪役――であり、小説の冒頭登場回数の少ない部分を除く全ページを支配する存在であった。彼以前に小説に現れた吸血鬼ルスヴン卿やヴァーニー、そしてアツォの「最良」の部分を全て受け継ぎ、そこにカーミラの持つエロティシズムを加えて、この伯爵は抗いがたい悪の魅力を示してみせ、抑圧されたヴィクトリア朝文学における性的シンボリズムの古典的な表現例となった*1。
アツォというのは、「謎の男」に登場する吸血鬼アツォ・フォン・クラトカのこと。そしてバンソンは『ドラキュラ』(小説)という項目においても次のように説明する。
項目『ドラキュラ』(小説)より
吸血鬼物語の進歩の結果生まれた『ドラキュラ』は、ポリドリ、レ・ファニュ、ライマーらの各作品と、作者不詳の『謎の男』"The Mysterious Stranger"(1860)などの総合と言える*2。
以上のように、1897年に作られたブラム・ストーカーの「ドラキュラ」は、ポリドリの「吸血鬼」(1819)のルスヴン卿、ジェイムズ・マルコム・ライマー「吸血鬼ヴァーニー」(1847)、シェリダン・レ・ファニュの「吸血鬼カーミラ」(1872)、そして作者不詳の「謎の男」(1860)のアツォから、多大な影響を及ぼしたものと説明している。典拠として提示するには問題があるが、スウェーデン語版「ドラキュラ」を解説する英語wikipedia記事の項目"Forgery"によると、ポープ、ラディック、ウィッケといった初期のドラキュラ研究者は、ストーカーは「謎の男」などの初期の吸血鬼小説からかなり借用しているという。このように研究者の間では、ドラキュラは「謎の男」の影響を受けた作品であるとの認識を示している。ドラキュラは、いまや吸血鬼の意で誤用されることもある。そんなドラキュラに影響を与えた「謎の男」という作品は、吸血鬼史を語る上で重要なものであることはご理解いただけたかと思う。
さて、そんな吸血鬼小説「謎の男」であるが、このマイナーな吸血鬼を見つけ出して紹介したのは、自称聖職者のモンタギュー・サマーズ師である*3。匿名によってドイツ語で書かれて、英語に翻訳されて1860年の「オッズ・アンド・エンズ誌」"Odds and Ends"magazine"に収録されたものと、これまでは紹介されてきた*4。比較的近年に発売された2015年の「萌える!ヴァンパイア事典」でも、作者不詳として紹介されている。
非常にマイナーな作品であるが日本語訳が存在し、1980年に翻訳されたマイケル・パリー・編/小倉多加志・訳「ドラキュラのライヴァルたち」:ハヤカワ文庫(1980)にという海外のアンソロジーに収録されており、これが日本において最初に作品を紹介した事例になるだろう。古本市場でもあまり出回っておらず、入手は困難。
マシュー・バンソンは、「(謎の男の)物語は、ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』に驚くほど似ており、この有名な小説の事実上の原型とされる。ストーカーは自分の作品の為にこの小説を資料として用いたに違いない」と述べる*5。マイケル・パリーも、「ストーカーは、「謎の男」と題するあまり知られていない作品から、かなりの影響をうけたことが考えられる」と述べている。このように「謎の男」は、ブラム・ストーカーの「ドラキュラ」に影響を与えたものという認識がなされている。
このような説明がある一方、マシュー・バンソンもマイケル・パリーも、元のドイツ語のタイトルは知らないことが伺える。パリーは"The Mysterious Stranger"という題名で紹介しており、マシュー・バンソンも同様に"The Mysterious Stranger"という題名で紹介している。とくにバンソンは「吸血鬼の事典」において作品を紹介するとき、その作品が作られた元の言語の題名を載せるという拘りを見せている。例えば英語の作品なら"Vampire,The"、フランス語なら"Vampire,Le"、ドイツ語なら"Vampire,Der"というように、きちんとその国の言語のタイトルで紹介している(ちなみに日本語訳ではどれも「吸血鬼」という題名になる)。だが「謎の男」に関しては、ドイツ語のタイトルが分からなかったようで、仕方がなしに"The Mysterious Stranger"と、英語の題名で紹介したようだ。これは「吸血鬼の事典」のもとの原著である"The Vampire Encyclopedia"(1993)でも同様である。このように2000年代以前では、もとのドイツ語のタイトルが不明であり、サマーズ師が述べた説が長年信じられていた。だが2000年代に入って、作者やドイツ語のタイトルが判明することとなった。
「謎の男」の作者、K・A・F・ヴァクスマン
【2022年10月19日追記】
Wachsmannをワークスマンとして表記してきたが、新紀元社から発売されるアンソロジーにおいてドイツ語の発音にちかいヴァクスマンと紹介されていたため、表記をヴァクスマンに変更した。
【追記ここまで】
2000年代に入ると、「謎の男」のもとの題名、そして作者が判明することとなった。私がそれを発見した経緯は、吸血鬼ドラキュラより古い吸血鬼小説はこれだけあるという記事を作ったあとのこと。私が一番最初にピーター・ヘイニングの不正を知ったのは、吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」の作者の取り違えの件。
上記の記事は、ジョージア大学のハイド・クロフォード講師の論文と書籍から引用した。それが下記となる。
論文:Ernst Benjamin Salomo Raupach's Vampire Story “Wake Not the Dead!”(有料記事*6)
ハイド・クロフォード講師の書籍(キンドル版あり)
このうち、"The Origins of the Literary Vampire "の方は他の作品の解説もある。2017年の「死者よ目覚めるなかれ」の作者取り違えを調査しているときは余裕がなかったので、他の吸血鬼作品の項目は読まなかった。だが再調査のときは他の解説も読んでみようと思い立った。そこで「死者よ目覚めるなかれ」の次の項目を見たら"Karl Adolf von Wachsmann : " Der Fremde " ( The Mysterious Stranger ; 1847 )とあった。そこで気が付いた。あ、これってもしかしなくても「謎の男」ことじゃないか!と。まさか数年前に購入していた電子書籍に、普通に紹介されていたとは思いもしなかった。それとは別に、過去記事で紹介した「謎の男」の英語版の無料テキストを公開しているサイトを詳しくみると、そこにも作者の情報などが書いてあった。当時はストーリーが最後まで公開されているかどうかしか確認しなかったので、細かい解説は見ていなかった。あの時きちんと見ていればよかったと反省する次第である。それが下記のサイトである。
「謎の男」の英語版は、1860年の「オッズ・アンド・エンズ誌」に収録されたものが最初であるとサマーズ師は解説していた。だが英訳版はそれよりも前、W&R チェンバース出版社*7の「チェンバーズ・リポジトリ誌」"Chambers's Repository"の1854年2月号で既に収録されていた。
像の方が兄のウィリアム・チェンバーズ、白黒写真が弟のロバート・チェンバーズ。1852年2月号のチェンバーズ・リポジトリ誌は、都合のいいことにネット上にアーカイブが存在していた。
マイケル・パリー編「ドラキュラのライヴァルたち」に収録された日本語訳
「死んで、眠る、眠れば、夢を見るだろう、いや、それが困るのだ……」(ハムレット)
※シェイクスピア作「ハムレット」:第三幕の第一場 「城内の一室」にあるハムレットの独白
ボレアス……あのおそろしい北西風……春と秋にあらあらしいアドリアの海を底の底から狂濤させる…… そうなると往来する船にとって危険このうえもないあのボレアスが、森の中ですさまじいうなり声を立て、カルパチア山脈の節くれ立った樫の古木の枝をゆさぶっていたとき(以下略)
ご覧頂いた通り、確かに1860年の「オッズ・アンド・エンズ誌」よりも前の1854年で既に「謎の男」の英訳版が存在していたことが確認できた。英訳版の無料テキストを公開しているサイトの記述によると、「謎の男」はモンタギュー・サマーズ師の1934年のアンソロジー”Victorian Ghost Stories”に収録された際、誤って1860年作とされてしまったとある。だがサマーズ師はドイツ語原著は存在すると認識していたようだから、あくまで自分の調査では、オッズ・アンド・エンズ誌版が発見できたというニュアンスでサマーズ師は紹介したのではないかと思う。
チェンバーズ・リポジトリ誌に収録された「謎の男」も作者名の明記はなかった。だがドイツ語の原著にはきちんと明記されていた。「謎の男」の言語タイトルは"Der Fremde"といい、直訳すれば「見知らぬ人」という題名になる(参考:コトバンク)。作者はドイツの作家カール・アドルフ・フォン・ヴァクスマン”Karl Adolf von Wachsmann”(1787~1862)という人物だ。日本ではまず知られていない人物であるが、ドイツ語とフランス語でそれぞれwikipedia記事が存在するぐらいには知名度がある方のようだ。とくにフランス語の方はきちんと「謎の男」の作者であることを明記している。ハイド・クロフォードは自著"The Origins of the Literary Vampire"において、「謎の男」は
1847年作として紹介している*8。その際クロフォードは、ジョン・エドガー・ブロウニングの"The Vampire, Encyclopedia of: The Living Dead in Myth, Legend, and Popular Culture(2010)"を典拠として挙げていた。そのブロウニングは2017年に"Horror Literature through History: An Encyclopedia of the Stories that Speak to Our Deepest Fears"において、「謎の男」は1844年であると紹介していた。この2017年版のブロウニングの解説は、これを引用して紹介する海外の個人ブログが散見された。そしてブロウニングの解説の通り、1844年版のドイツ語原著のアーカイブが発見できた。
ブログニングの解説のみを抜き出したPDF版、閲覧には登録が必要
www.academia.edu
ブロウニング以外の解説も含めたもの、キンドル版もあり
Googleブックス版(上記アーカイブとは別の保存先)
www.google.co.jp
「謎の男」のドイツ語原著はヴァクスマンの作品集の一つ「短編小説と中編21: サンタンジェロ城からの脱出(1844)」"Erzählungen und Novellen. 21: Die Flucht aus der Engelsburg"に収録されて出版された*9。書籍タイトルページでの作者名はC.Von Wachsmannとなっている。なぜ"C."なのか理由は不明(理由がお分かりになるかたは是非ご教授下さい)。内容も、スマホのGoogle翻訳アプリを用いて、「謎の男」であることが確認できた*10。以上から、吸血鬼小説「謎の男」は、カール・アドルフ・フォン・ヴァクスマンが1844年に発表した作品で間違いない。
作者や出版日が特定できたので、作者のヴァクスマンについて簡単に解説しておこう。先ほども述べたように、ヴァクスマンはドイツ語やフランス語wikipedia記事が作られるほどには著名なようだ。ヴァクスマンはシレジアで生まれたプロイセン王国の作家。父が騎兵隊隊長であった関係からか、15歳のときにプロイセン軍の兵役につき、バーデン軍に参加、1809年にはチロル人の蜂起に対する軍事遠征にも参加するなど、若いころは兵士として活動していた。兵役を辞したあと、1824年から新聞社に寄稿するようになり作家活動を開始、1833年にドレスデンに移住、そこで終生過ごすこととなった。色んな作家と交流していたが、その代表例がピーター・ヘイニングのせいで吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」の作者として間違われ続けてきたヨハン・ルートヴィヒ・ティークである。
フランスwikipedia記事では冒頭で、「謎の男」の作者であること紹介しており、彼の代表作として取り扱っていることが伺えた。こちらのサイトを見る限りだと、フランス語では"L’étranger des Carpathes"というタイトルで、2013年にようやく初めて仏訳されたようだ。
以上が「謎の男」の作者・ヴァクスマンの解説になる。作者が判明したのは、どうも2000年代に入ってからのようだ。ハイド・クロフォードや海外の個人ブログでは、エドガー・ブロウニングの著書から引用しているが、「謎の男」の作者の発見者はブロウニングではない。作ヴァクスマンの発見者は、先ほどの紹介した英訳版無料テキストを公開サイトと、海外のホラー・ファンタジー小説データベースInternet Speculative Fiction Database(ISFDB)に書かれている。
「謎の男」の作者の身元を突き止め、背景の詳細を明かしたのは、Douglas A. AndersonとThomas Honeggerの2名だという。なぜこの2名は作者を突き止めることができたのか。オネゲルの方は不明だが、A・アンダーソンの方は理由が判明した。そう、今回の記事のもう一つの主題となるイギリスのアンソロジスト・ピーター・ヘイニングが、ここで関係してくる。簡単に言えばA・アンダーソンは、ヘイニングのデタラメな主張を調査していたら、その過程で「謎の男」の作者を突き止めることができたという。ということで、作者判明の経緯を解説していこう。
M・R・ジェイムズと「クリングの吸血鬼」
ダグラス・A・アンダーソンが「謎の男」を発見したという経緯は、海外の掲示板”Vault Of Evil: Brit Horror Pulp Plus!”に書かれていた。Twitterで「ピーター・ヘイニングって、現在海外ではどう思わているのかな」と呟いたところ、中島晶也様からこの掲示板の存在を教えて頂いた。
イギリスのホラー・ファン交流掲示板「Vault Of Evil: Brit Horror Pulp Plus!」に、ピーター・ヘイニングについて語る板がありました。参考になるかも。https://t.co/0LsnzaKcn1
— 中島晶也 (@AkiyaNakajima) November 23, 2019
この掲示板は作者の著書ごとにスレッドを立てる方式。当初はヘイニングが捏造した疑いのある「骸骨伯爵」のことが気になったので、「骸骨伯爵」が収録された”The Vmapire Omunibus”のスレッドを閲覧した。 ripper氏の「エリザベス・グレイ(の骸骨伯爵)に興味をそそられた、ヘイニングの説明は面白そうだ」という発言に対するdem bones氏とroparde氏(正確にはRosemary Pardoeらしい)の返信に次のように書かれていた。
dem bones
「骸骨伯爵、あるいは女吸血鬼」についてYesterday's Papersのジョン・アドコックによる興味深い記事は、ヘイニングは古典的な手口で、この物語(紳士ジャック*11)は「吸血鬼ヴァーニー」で有名なジェイムズ・マルコム・ライマーが書いた可能性があると指摘している。
roparde
ヘイニングの捏造と真実の経済性について、ますます明らかになるようで、まだ十分な調査が必要なのは明らかです。誰かが、ネット上や他の場所にあるすべての項目についてさらに調査を行うウェブサイトを立ち上げるべきでしょう。ヘイニングの「クリングの吸血鬼」"The vampire of Kring"に関するデマは、未だにM・R・ジェイムズ界隈で問題になっており、私もしばしば事実を指摘しなければならない(そもそも、私自身が彼に騙されていたことは否定できませんが……)。
Vault(この掲示板のこと)のどこかに "The Vampire of Kring "問題に関するスレッドがあります。(あ、あとこの人が嫌いな理由は他にもあります!)
dem bonesが紹介したYesterday's Papersは、過去記事でも紹介した「エリザベス・キャロライン・グレイのデマ」という記事だ。ヘイニングは信用ならないですよ、と言ったあとのroparde氏の書き込みが重要だ。ピーター・ヘイニングは「クリングの吸血鬼」という作品に関するデマを流し、それが海外のM・R・ジェイムズのファン界隈で問題視されていると述べている。初めて見たときは、ヘイニングの不正はまだあるのか……と思わずにはいられなかった。この二人の発言を受けてripper氏は、「ローズマリーが言っていた『クリングの吸血鬼』の論争については知らなかった。"M.R. James Book of the Supernatural"に書かれている、「この作品は『ドラキュラ』出典であるという主張を指しているのだろうと思う。」とコメントを残している。
モンタギュー・ロウズ・ジェイムズはイギリスの小説家で、彼の作品の日本語訳はいくつもある。日本ではしばしばM・R・ジェイムズと表記される。ピーター・ヘイニングはそんなM・R・ジェイムズに関するアンソロジー「M・R・ジェイムズの超自然の本」"M. R. James Book Of The Supernatural"を1979年に発表している。そのアンソロジーにおいて作者不詳「クリングの吸血鬼」を紹介しているようだ。本当は買って確かめてみたかったが、高額な古本しか見つからなかったでの購入はあきらめた。
(後に安いペーパーバック版を発見、そしてハードカバー版も安いものがあったので両方購入しました)
上記がその"M. R. James Book Of The Supernatural"を語る掲示板のスレッド。アンソロジーなので多くの作品があるにも関わらず、話題の中心はヘイニングのいい加減な主張をした「クリングの吸血鬼」についてだった。「クリングの吸血鬼」にまつわる不正は、全体的な流れは"The Vmapire Omunibus"のスレ、細かい背景は"M. R. James Book Of The Supernatural"のスレにそれぞれ書かれているので、重要な書き込みだけ抜き出して紹介しよう。
Peter Haining - The Vampire Omnibus スレ2ページ目より
Rosemary Pardoe
(以下に書いてあることは)Ghosts & Scholars Newsletter 23のNewsのコーナーで、このテーマについて書いたものです。
前回紹介したFortean Times 292号でMRJが大きく取り上げられたのに続き、サイドバー・セクションの一つ「M.R.Jamesを祝う」でラムジー・キャンベルが述べたことを訂正するために書きました。「信頼できないヘイニング」という見出しで、私の手紙はFT294号(2012年11月)に掲載されました。ラムジーはこう言っていた。
1929年12月号の『ブックマン』で...」と。M・R・ジェイムズはこのジャンルに精通していることを示し、『ドラキュラ』のルーツをチェンバーズ・リポジトリ誌1856年11月号に掲載された吸血鬼崇拝に関する(明らかな)懐疑的な記事まで辿っている。
私は手紙の中で、これはピーター・ヘイニングが問題の論文を "The Vampire of Kring "と完全に断定していることと関係があると指摘した。残念ながら、ヘイニングが『クリングの吸血鬼』を見つけたとしても、それはチェンバーズ・リポジトリにはなかった」と私は言った。研究者(特にダグラス・A・アンダーソン)が全巻調査したところ、M・R・ジェイムズの言っていた無名の物語は、現在ではまったく別のものであることが判明している。「謎の男」"The Mysterious Stranger"という架空の吸血鬼で、、同じテーマとアイデアをいくつか共有しているので、ドラキュラに影響を与えた可能性は十分にある。1854年の『リポジトリ』に匿名で掲載されたが、ダグラス・アンダーソンは作者をC. von Wachsmann(1787-1862)と突き止めている」と締めくくった。ヘイニングはいったいどこで『クリングの吸血鬼』に関するエッセイを見つけたのか、そしてなぜそのことについてあれほど不誠実な態度をとったのか。FTの読者なら何か思うところがあるかもしれない。
結果的には、誰かがやってくれました。デニス・リエンからメールが来て、ダグ・アンダーソンが数年前にその謎を解いていたことがわかった。"The Vampire of Kring "という記事である(Dennisの言葉)。1896年11月14日号のChambers's Journalの730-734ページに掲載された「吸血鬼について」である。つまり、ヘイニングは雑誌を間違え、日付を40年早めて、1897年5月に出版され、何年もかけて研究・執筆した長編小説が、1896年11月に出版された匿名の記事から着想を得たと示唆したわけだ。ヘイニングの常套手段としか言いようがない。
ダグ・アンダーソンはこのヘイニングの問題を調査するために、誰よりも素晴らしい仕事をしてくれました。
※ Fortean Timesについては、記事の最後の方で説明する。
Peter Haining - M R James Book Of The Supernaturalのスレより
Michael Connolly
記憶によるものですが、最近のM.R.James Newsletterによると、M・R・ジェイムズがドラキュラに影響を与える物語(名前は出していない)と言ったのは、「謎の男」のことだったようです。ピーター・ヘイニングは、この物語を「クリングの吸血鬼」と間違えていた。
書き込みをまとめると次の通り。ヘイニングは自身のアンソロジー"M. R. James Book Of The Supernatural"において、「『クリングの吸血鬼』という作品があって、それはブラム・ストーカーの『吸血鬼ドラキュラ』に影響を与えたと、M・R・ジェイムズはそう主張している」と主張した。まず、M・R・ジェイムズが「ドラキュラに影響を与えた作品がある」と言った件は本当だ。1929年12月にジェイムズは”Some Remarks on Ghost Stories ”を発表している。そのテキストを公開しているサイトが下記である。
そしてジェイムズは次のように言及している。
There is Dracula, which suffers by excess. (I fancy, by the way, that it must be based on a story in the fourth volume of Chambers’s Repository, issued in the fifties.)
ドラキュラは過剰なまでに苦しんでいる。(ところでこの作品は、50年代に発行されたチェンバーズ・リポジトリの第四巻に掲載された物語がもとになっているに違いないと考えている。)
確かにチェンバーズ・リポジトリに収録されていた物語が、ブラム・ストーカーのドラキュラに影響を与えたであろうと、M・R・ジェイムズは主張していた。だが、その作品の題名までは言及していない。吸血鬼の物語であるとも言っていない。だがピーター・ヘイニングはその作品を「クリングの吸血鬼」であると主張した。このヘイニングの主張を怪しんで調査した人が、アメリカの作家兼編集者である、ダグラス・A・アンダーソンであった。A・アンダーソンはチェンバーズ・リポジトリ誌1856年11月号のみならず、全ての号を調査した。ところがチェンバーズ・リポジトリには「クリングの吸血鬼」なる作品は見当たらなかった。チェンバーズ・リポジトリ誌にあった吸血鬼物語は「謎の男」の英訳版だった。よってM・R・ジェイムズが言っていた「ドラキュラに影響を与えた作品」は、「謎の男」の可能性が極めて高いだろう。少なくとも「クリングの吸血鬼」ではないことは確かだ。そしてA・アンダーソンはこの調査から「謎の男」の原著に辿り着き、作者がカール・アドルフ・フォン・ヴァクスマンであることを、ついでに突き止めることができたという流れのようだ。またしてもピーター・ヘイニングの主張が一つ、疑わしいことが判明した瞬間だ。
一体ヘイニングは何をみて「クリングの吸血鬼」などといった作品があると吹聴したのであろうか。その経緯もダグラス・A・アンダーソンが解き明かしていた。チェンバーズ・リポジトリ誌は最初に説明したように、W&R チェンバース社が出版しているが、それとは別にチェンバーズ・ジャーナル"Chambers's Journal"という雑誌も手掛けている。そのチェンバーズ・ジャーナル誌1896年11月14日号で、「吸血鬼について」"CONCERNING VAMPIRES"という特集が掲載されている。この特集において「クリング地方で起きた吸血鬼事件」を紹介していた。つまりヘイニングは、この情報誌から「クリングの吸血鬼」なる小説をでっちあげたと考えられる。都合のいいことに、アーカイブが存在しており、それとは別に全文テキストに書き起こしているサイトも発見した。
上記アーカイブ:チェンバーズ・ジャーナル誌1896年11月14日号開始ページ
上記アーカイブ:「吸血鬼について」が始まる730ページ
「吸血鬼について」を抜き出したWeb記事
Rosemary Pardoeの書き込み通り730~734ページに吸血鬼に関する話題が掲載されている。結構長い話題なので要点だけ説明しよう。これはブラウンシュヴァイク公国の小さな町ガンダースハイムに住むヨハン・クリストフ・ハレンベルクというドイツ人牧師の、吸血鬼信仰に関する報告書を紹介した記事となる。冒頭で、イギリスでは吸血鬼信仰はないが、吸血鬼退治と似た迷信があることを説明している。ハレンベルクは自国民の間で吸血鬼の迷信が広がっていることを心を痛め、その批判対象として吸血鬼信仰を大胆に攻撃すること決め、報告書を作ることとした。その一例として挙げているのが「クリング*12」で起きた吸血鬼事件だ。1672年、公国の「クリングの市場」にゲオルグ・グランドが住んでいたが、彼は病気なって死に、キリスト教会の通常の儀式で埋葬された。ところが彼の未亡人の家に戻ると、グランドが座ってまっていた。弔問客は皆、夫婦で解決させるようにさせた。だがそれ以降クリングでは、夜中に暗い人影が通り過ぎるのを目撃し、時々立ち止まってはどこかの家の扉を叩くが、いつも返事を待たずに通り過ぎるという奇妙なことが起きるようになった。しばらくすると、クリングで人々が不思議な死を遂げるようになり、その死は亡霊かなにか*13が合図を送った家で起こっているとされた。また例の未亡人は、夫の霊に苦しめられていると訴え、毎夜、彼女を深い眠りにつかせ、その間に吸血鬼のように血を吸おうという邪悪な目的を持っていたのだろうとされた。このような話や噂はあっという間に広まり、2週間もすると、クリングの最高責任者であるスパンは、もはや無視することができなくなり、グランドが本当に吸血鬼であるかどうかを確認するために対策することにした。
そしてグランドの墓をあばくと、心地よい笑顔をして口を開け、バラ色の頬をした、腐敗していないグランドの遺体がでてきた。腐敗せず笑っているグランドを見た一同は恐怖し、逃げ出そうとするものもいた。だが神父は「吸血鬼よ、見ろ!ここにいるのは私たちを地獄の苦しみから解放し、私たちのために木の上で死んでくださったイエス・キリストです!」と叫び、サンザシの杭を打ち付けた。だが、何度刺しても杭は跳ね返ってきた。結局、勇敢なものが吸血鬼の首を切り落とすまで、悪霊は大きな悲鳴を上げていた。最後は手足を痙攣させながら去っていった。
この後も話題は続くが、「クリング」に関する話題は以上だ。以上まとめると、ヘイニングが取ったと思われる行動は次の通り。M・R・ジェイムズは自著において「チェンバーズ・リポジトリの第4巻に、ドラキュラに影響を与えた作品がある」と言及する。この時、具体的な作品名は挙げなかった。吸血鬼の作品であるとも言わなかった。ヘイニングはこのエピソードを紹介しようと思い立つも、チェンバーズ・リポジトリは今と違い、当時は簡単に閲覧できるものではなかったのだと思われる。そこでヘイニングは適当に作品名を挙げることにした。チェンバーズ・リポジトリはなかったが同社のチェンバーズ・ジャーナルは見つかった。そこにちょうど「クリング地方の吸血鬼事件」の記事があった。これを見たヘイニングは「チェンバーズ・リポジトリにあったのは「クリングの吸血鬼」だった!」として「いつもの新発見」と称して主張したのではないだろうかと思う。通常なら悪意のある憶測と言われるだろうが、過去のヘイニング捏造記事を見て貰えれば、決して的外れな憶測でないことはお分かりになって頂けるはず。それに上記で紹介したようにローズマリー氏も「ヘイニングは雑誌を間違え、日付を40年早めて、1897年5月に出版され、何年もかけて研究・執筆した長編小説が、1896年11月に出版された匿名の記事から着想を得たと示唆したわけだ。ヘイニングの常套手段としか言いようがない」と言っている。「ヘイニングの常套手段」という言い方は思わず笑ってしまった。確かにその常套手段を色々使っていることは、過去記事でも説明してきた。ホレス・ウォルポールの著作の大部分が稀覯本になっていることを利用して「マダレーナ」という作品を、ウォルポール作と偽って紹介したり、吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」も、英訳版は作者名が分からないことを利用して、ルートヴィヒ・ティークと偽って紹介したりなどは、まさにヘイニングの常套手段の例だろう。
【2022年10月19日追記】
高くて購入をためらった「M・R・ジェイムズの超自然の本」"M. R. James Book Of The Supernatural"に、別バージョン*14のペーパーバック版が安く入手できることが分かった為、そちらを入手した。ヘイニングは「チェンバーズ・ジャーナル」にあった「クリング地方で起きた吸血鬼事件」を、「チェンバーズ・リポジトリ誌」にあったものとして説明、その文章をそっくりそのまま紹介していた。これまで言い逃れできる状況を作ってきたヘイニングであるが、これは流石に言い逃れできない。「クリングの吸血鬼」はリポジトリにはなく、ジャーナルのほうにしかない。不正の意思がないのだとすればこれはかなり大きなミスであるが、普通「リポジトリ」と「ジャーナル」を間違えたりすることはまずない。よってこれは明らかに、ヘイニングによる不正行為だ。もしヘイニングがご存命なら、この件を問い詰めたいほどだ。
【追記ここまで】
【2022年12月1日追記】
この件を最初に解明したダグラス・アンダーソンの書籍を入手したので、その追補となる記事を作成した。下記も併せてご覧頂きたい。
www.vampire-load-ruthven.com
【追記ここまで】
吸血鬼小説「謎の男」の作者が判明した経緯は、ピーター・ヘイニングの主張をおかしいと思ったダグラス・A・アンダーソンが調査した結果、副産物的に判明したという流れのようだ。こうしてヘイニングの捏造がまた一つ明かされたわけだが、実はM・R・ジェイムズに関するヘイニングの捏造はこれだけではない。M R James Book Of The Supernaturalのスレ2ページ目の書き込みを見ると、他にも適当なことを主張したようだ。
ヘイニングによると、映画館にほとんど行かないM・R・ジェイムズが、ベラ・ルゴシの「魔人ドラキュラ」をみて「その雰囲気の良さに感動した」と述べたと主張しているが、ジェイムズがルゴシの映画を見たという証拠は全くないという。他にもヘイニングは、「心霊写真はM・R・ジェイムズを魅了し、彼の本の読者は生前彼にいくつもその写真を送った、その中でもイートン校のラックスモアの幽霊の写真と思われるものだけが、MRJを魅了した」とか、「エリオット・オドネルがブリストル家にいる幻の僧侶の写真をM・R・ジェイムズに送った」などと主張した。ところが写真に魅了されたとか、ジェイムズがオドネルと接触した記録や証拠などは一切ないという。そしてこれを書いたropardoe氏は、「(ヘイニング)の捏造は他にももっと沢山ある!」などと書いている始末。一体どれだけあるのだろうか……海外のM・R・ジェイムズファン界隈が問題視するのも納得である。この事実を突き止めたのは、ダグラス・A・アンダーソンともう一人、リチャード・ダルビーだという。余談になるが、このリチャード・ダルビー(wikipedia)と言う人は、幽霊物語のアンソロジーで有名な編集者兼文学研究者のことだろう。彼はそれこそヘイニングのように珍しい忘れられた作品をいくつか発掘したことで有名。中でも有名なのは、ブラム・ストーカーの吸血鬼ドラキュラのアイスランド語版を見つけて、1986年に英訳したことだろう。ダルビーが発表するまで、国際的に無視されていたという。どうも英語版にはないストーカーによる序文がアイスランド版にあったのだが、ダルビーが見つけるまでは誰も気が付かなかったようだ。このアイスランド語版は、スウェーデン語版を下敷きにしているとされる。そのスウェーデン語版は、ブラム・ストーカーが手を加えた改訂版であると考えられていたが、近年ではだれかが勝手に改訂したんじゃないかという説もあり、アイスランド語版も近年の研究により翻訳者が手を加えたものであったなど、色々面白い情報がある。アイスランド語版もスウェーデン語版も、ドラキュラのタイトルは日本語訳で「闇の力」と、とても中二病なタイトルになっている。詳しくはwikipediaを参照して頂きたい。いずれ別記事にて紹介しよう。アイスランド語版は2017年に英訳が発売されて、キンドル版もある。スウェーデン語版の英訳は、なんと今年2022年1月に英訳され、電子のみで発売された。(アイスランド語版「吸血鬼」記事)(スウェーデン語版「ドラキュラ」記事)
閑話休題。内容は以上だが、掲示板の書き込みについて補足しておこう。Rosemary Pardoe氏はヘイニングの捏造に関して”Ghosts & Scholars Newsletter ”から紹介したと書いている。
上記がそのサイト。度々上記のサイトにも書いてあるということを言っている。けど目次が乱雑にあるので、一体どれが今回の話題のリンクなのかが分からない。結局M・R・ジェイムズの言及の引用は別サイトから引っ張ってきた。
そして下記のRosemary Pardoeの書き込み
前回紹介したFortean Times 292号でMRJが大きく取り上げられたのに続き、サイドバー・セクションの一つ「M.R.Jamesを祝う」でラムジー・キャンベルが述べたことを訂正するために書きました。「信頼できないヘイニング」という見出しで、私の手紙はFT294号(2012年11月)に掲載されました。
ropardoe氏は掲示板で書き込んだ内容は、Fortean Timesなる雑誌にも掲載されたと述べている。Fortean Timesは超常現象を特集するイギリスの月刊誌。発行部数は少ないが、今も発売されており近年では電子版も発売されるようになった。そのFT292号はM・R・ジェイムズ特集であり、それを見たropardoe氏は、ヘイニングが主張したことを修正する手紙を送り翌々月のFT242号に掲載されたとある。気になった私はそのFT292号と294号をeBayで購入した。
まず292号のラムジー・キャンベルの記事。「ジェイムズはこのジャンルに精通していることを示し、ドラキュラのルーツを『チェンバーズ・リポジトリ』誌の1856年11月号に掲載された吸血鬼論にある(と思われる)懐疑的な記事までたどっている」と書いている。ヘイニングや「クリングの吸血鬼」に関しては言及していない。ただこれを見たropardoe氏は、MRJが言ったとされる、ドラキュラに影響を与えた作品は「クリングの吸血鬼」とされているが、これはヘイニングのデタラメであるということを投稿し、「信頼できないヘイニング」という題名でFT294号の読者便りに掲載されていた。内容は掲示板に書き込んでいること同じだ。だが一つだけ気になることを書き残している。
Unreliable Haining
The extensive coverage of M R James (FT292:30-37] is very welcome and Robert Lloyd Parry's article is excellent. There is one correction, however, which needs to be made to Ramsey Campbell's appreciation in “Celebrating MR James", and it relates to a topic which has come up more than once in previous issues of Fortean Times: the extreme unreliability of the late Peter Haining.
M・R・ジェイムズに関する広範な報道(FT292号 pp.30-37)は非常に歓迎すべきことで、ロバート・ロイド・パリー氏の記事は素晴らしいものである。しかし、ラムジー・キャンベルの「M・R・ジェームスを讃える」での評価には一つ訂正が必要で、それはFortean Timesの前号で何度も出てきた話題、つまり故ピーター・ヘイニングの極めて信頼性の低い人物に関するものである。
どうもピーター・ヘイニングの数々の主張が信用できないという特集が、FT291号(2012年8月号)にあったらしい。ヘイニングの信用なさは特集が組まれるほどなのか、ただただ驚くばかりである。紹介ページを見ると何やら”Vampire Skeletons"とあるので、ヘイニングが捏造した「骸骨伯爵」の話題がありそうである。FT291号をなんとか注文できたので、内容によっては後日紹介しよう。291号はeBayにはなくてAbebooksに1冊だけ残っていた。ものは10ドルだが輸送費が60ドルもかかった……
【20224月27日追記】
FT291号にはヘイニングの不正に関する記事は見当たらなかった。しかしネット上において他にも不正疑惑があることが判明した。詳しくは次回記事で紹介する。
【追記ここまで】
解説は以上となる。今回は、通常なら典拠としては適切でない掲示板の書き込みから紹介したが、当時の書籍のアーカイブなどが発見できたし、ダグラス・A・アンダーソンのような研究者が追求したのは間違いなさそうなので、それなりに信用できる内容であると自負している。ただそれでもA・アンダーソンの論文が見つからなったことが残念だ。どこかしらにあっても良さそうなのだが、私の調査では見つけだせなかった。
「謎の男」の作者に気が付いたのは2021年のことだが、2017年に購入した海外の電子書籍に既に書いたあったことに気が付かなったことは、非常に反省させられる次第である。しかし作者判明のきっかけが、ピーター・ヘイニングであったと知ったときは、思わず「えぇ、まだあるの……」と思った程。私が把握しているヘイニングの捏造疑惑はこれで終わりだが、彼は100冊以上のアンソロジーを組んでいる。他にも余罪はあると見るべきだろう。
しかしこうしてみるとピーター・ヘイニングの捏造疑惑は多種多様だ。「スウィーニー・トッド」「バネ足ジャック」は、実在すると主張も証拠は一切みせず、それどころか証拠を出せと聞いたら、知人に貸したら無くなってしまったと言い訳する始末。「マダレーナ」「死者よ目覚めるなかれ」に関しては、稀覯本や作者が分からないことを利用して、適当に作者をでっちあげる。「骸骨伯爵」「フランケンシュタインの古塔」は、存在自体を捏造して発掘したなど発表するも、やはり証拠となる発掘品は一切みせたことがない。そして「クリングの吸血鬼」をはじめとしたM・R・ジェイムズに関する数々の適当な主張。海外では近年ヘイニングの発言一つ一つが疑われるのも無理はない。だが何度も言っているように、どこまで言っても極めて疑わしいだけであり、捏造と断定できるものはない。「ないものをある」と言うこと、それも著名な方がそう主張するやっかいさを今回の調査で思い知った。
ヘイニングは数々の疑惑を生み出したが、それは当時典拠をまずどこにあるのか探すところから始まるから、こうした捏造を行ったのだろう。現に「フランケンシュタインの古塔」は、真相が明らかになったのは2、30年後ぐらいのことだ。だが現在はインターネットが発達し、当時のマイナーな書籍が普通にネット上で公開されている。おかげで私のような研究者でない日本人でも、それなりの調査ができるようになった。roparde氏が望んでいた「ヘイニングの不正を調査してまとめたウェブサイト」になったのではないかと思っている。
【2022年4月24日追記】
「ピーター・ヘイニングのもう一つの詐欺」という記事があった。このブログは、「謎の男」の作者を突き止めたダグラス・A・アンダーソンが関わっているブログである。
狼男文学において有名になったガイ・エンドア*15について、M.R.ジェイムズのときと同じように適当なことを吹聴したとあり、ドラキュラの作者ブラム・ストーカーに関する資料も色々と捏造したらしい。他にもとあるマイナー作品をアイルランド作家の作品として紹介したが、後に本当の作者が判明、掲載されたとされる雑誌にはその作品にはなかったという。そしてこの記事のコメント欄は、ダグラス・A・アンダーソンと、「ドラキュラのライヴァルたち」の編者であるマイケル・パリーが書きこんでいる。「謎の男」繋がりで両者が邂逅していたとは、なんとも不思議な縁を感じた。
マイケル・パリーの書き込みによれば「オペラ座の怪人」で有名なフランスのガストン・ルル―に関しても捏造を行っていた模様。また別の人の書き込みには、1955年のNBCラジオにおいて、ベラ・ルゴシの"The Bat"という作品が上演されたとヘイニングは主張している。だがそんな番組が一向に見当たらない。そもそも1955年というとルゴシが薬物乱用して入院療養していた年であり、亡くなる前年のこと。それで結局でどころは別の雑誌からであったことが判明。次から次へと出てくるけど、もう勘弁してほしい……ともかく詳しいことは別記事で紹介したい。
【追記ここまで】
ヘイニングの捏造疑惑解説は、一旦はこれで終わりとなる。今取り寄せ中のFT291号の内容次第では続くかもしれないが。次回は再び、ポリドリの「吸血鬼」解説に戻るが、その前に今回の内容のニコニコ動画解説版を作る予定でいるので、次回投稿は未定となります。「骸骨伯爵」に関する不正はすでに動画で紹介しているので、よろしければぜひそちらもご覧ください。
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次の記事➡ドラキュラのブラム・ストーカーから、オペラ座の怪人のガストン・ルルーまで、まだまだある【ピーター・ヘイニングの捏造疑惑⑥】
今回の記事の追補➡【追補】吸血鬼小説「謎の男」の作者判明の経緯について【捏造疑惑⑩】
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*1:マシュー・バンソン/松田和也・訳「吸血鬼の事典」:青土社(1994) p.246
*2:「吸血鬼の事典」 p.248
*3:マイケル・パリー・編/小倉多加志・訳「ドラキュラのライヴァルたち」:ハヤカワ文庫(1980) p.296
*4:「吸血鬼の事典」 p.264
*5:「吸血鬼の事典」 p.264
*6:当時は38ドルの買い切りのみだだったが、現在は閲覧日数によって料金が選べる。クレジットカードがあれば日本からでも購入できる。
*7:現在もチェンバーズ・ハラップ社という社名で存続している。詳しくはwikipedia記事などを参照。
*8:「The Origins of the Literary Vampire」kindle版 No,2240/3110
*9:"Engelsburg"エンゲルスブルクは、ポーランドやオーストリアにかつてあった地名の名前でもあるが、ローマの歴史的建造物"Castel Sant'Angelo"サンタンジェロ城を表すドイツ語でもある。物語の序盤を機械翻訳してみたところ、イタリア・ローマが舞台であったので、ここではローマのサンタンジェロ城の意で間違いない。
*10:フラクトゥール(ドイツ文字)も、Googleの翻訳アプリなら問題なく翻訳してくれる
*11:過去記事で解説したように、骸骨伯爵はヘイニングの捏造で存在しない作品なので、「この物語」というのは文脈から紳士ジャックを指している
*12:ちなみに現在もクリングなる地域があるのかどうかはわからなかった。
*13:翻訳サイトだと”spectral figure”を「妖怪」と訳していた。Googleだとスペクトル図となったので、最初はやむなく魔と訳した。だがその後、萩原學氏より、the spectral figure は「亡霊めいた姿をしたもの」、亡霊めいた何かではないかとのコメントを頂いた。詳しくは記事最後のコメント欄参照。
*14:どうも、英国と米国でタイトルを変えて販売されているようだ。
*15:ガイ・エンドアの代表作「パリの狼男」は日本語訳もある