私は2015年よりニコニコ動画で、2021年よりブログで吸血鬼解説活動を続けてきましたがこの度、商業誌に解説記事を寄稿することになりました。2023年3月2日発売「幻想と怪奇13 H・P・ラヴクラフトと友人たち アーカムハウスの残照」(新紀元社)の自由寄稿枠に、私の吸血鬼解説が掲載されております。こうした商業誌に寄稿するなど、当然初めての経験です。嬉しいやら恥ずかしいやらで形容しがたい気持ちですが、やっぱり商業誌に掲載できたことは、こうして啓蒙活動続けてきて良かったな思った瞬間でした。
ノセールというハンドルネームはニコニコ動画で投稿する上で、誰も名乗ってなさそうな名前にしようと思って適当に作ったものですが、流石に真面目な商業誌に載せるにはいささか似つかわしくないと思い、今回新たに白沢圭という筆名を名乗ることにしました。今後は両方で名乗っていきますので、お好きなようにお呼び下さい。ちなみに由来はニコニコ動画の視聴者ならすぐにお分かりになったかと思います。動画では東方projectに登場する上白沢慧音(かみしらさわけいね)が吸血鬼のスカーレット姉妹に吸血鬼の歴史を教えると言うスタイルをとっていますが、その上白沢慧音からとっています*1。一部の方には怒られそうですが、私の動画では顔役とも言えるキャラですので、彼女にあやかることにしました。
今回は「幻想と怪奇13」をご覧頂いた方向けに、今回の記事を作る上で参考にした主な典拠の紹介と、余談として、私がなぜ今回「幻想と怪奇」に寄稿することになったのか、そのあたりを紹介していこうと思います。今回の記事の内容は「幻想と怪奇13」をご覧になったという前提で話を進めていきます。
幻想と怪奇13『長らく"作者不詳"だったヴァクスマンの「謎の男」』の典拠
それでは「幻想と怪奇13」の私の記事をご覧になり、典拠をお知りになりたいと思った方向けに、主要な参考文献を紹介させて頂く。なお、今回の内容は2022年4月と10月にすでに当ブログで詳細に解説しているので、詳しく知りたい方は下記の記事をご覧頂きたい。ここでは、あくまで主だった典拠を紹介していく。
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今回の「幻想と怪奇13」の私の記事は、アメリカの作家兼編集者のダグラス・A・アンダーソンの研究報告をベースとしている。A・アンダーソンは「指輪物語」のトールキンの研究者として現地では著名だそうで、英語圏ではwikipediaも作成されている(wikipedia記事へ)。A・アンダーソンは2010年、ドイツの科学出版社トーリアから発行されたImmortals and the Undead (FASTITOCALON 1.2) に"A Note on M.R.Jmaes and Dracula"という記事を寄稿している。これは複数の研究者の論文を掲載したもので、出版社はドイツだが英語で書かれたもの。この研究報告は、M.R.ジェイムズの発言を発端とし、イギリスのホラー・アンソロジストであった故ピーター・ヘイニングの主張の矛盾を明らかにし、M.R.Jが指示していた作品は一体何であったのかを明らかにする研究報告だ。これを私は入手した。ドイツの出版社から直接、日本からでも購入はできそうではあったが、意外にも紀伊国屋書店から注文が可能だった。
上記がそのトーリアのサイトであったのだが、今見るとサイトが無くなっていた。2022年の年末に見たときはまだ健在だったのだが。こう言ってはあれだが、特に通販ページが2010年以前を彷彿させるぐらい古臭いデザインだったので、新たにリニューアルするつもりだろう。紀伊国屋からは、今のところ注文は可能だ。
真面目な評論を集めたものなのにアンダーソンは所々で、ピーター・ヘイニングをこき下ろしているから、思わず笑ってしまう。いや、気持ちはすごくよくわかる。けど凄い皮肉った言い方や、そこで批判する必要はないだろうってところでヘイニングをチクチク攻撃するものだから、格式ばった評論でその言い方は良いのかと思わずにはいられなかった。
上記はアンダーソンが運営するブログの一つで、Immortals and the Undead (FASTITOCALON 1.2)の宣伝記事。アンダーソン曰く「自分が今回初めて、吸血鬼小説「謎の男」の作者を明らかにすることができた」と言っている。英語圏では恐らくその通りで、私もこのブログ記事に行き当たり、実際の本を購入するに至った。
上記は事の発端、M.R.ジェイムズの”Some Remarks on Ghost Stories ”をテキストに起こしたサイト。すべてはここから始まった。この発言を受けて、イギリスのホラー・アンソロジストピーター・ヘイニングは嘘をついた。
1854年「チェンバーズ・リポジトリ版:謎の男(英訳)」のアーカイブリンク
・Googleブックス版
・Internet Archive版
モンタギュー・サマーズ師は1860年の「オッズ・アンド・エンズ誌」に、ドイツの吸血鬼物語「謎の男」の英訳が掲載されたと主張していたが、それよりも前に英訳版が掲載されていたことが分かる。
「謎の男」原著のアーカイブリンク
・Googleブックス版
・Digitale Sammlungen版
上記がカール・アドルフ・フォン・ヴァクスマンにより刊行された「短編と物語21:サンタンジェロ城からの脱出」(1844)"Erzählungen und Novellen. 21: Die Flucht aus der Engelsburg"の実物画像と、
そのアーカイブのリンク。この中に「謎の男」が収録された。ちなみに、エンゲルスブルク"Engelsburg"はイタリアのサンタンジェロ城を表す他、ドイツやポーランドにある地名でもある。全文は読んでないが、イタリア・ローマを舞台とした物語であったため、これはイタリアのサンタンジェロ城のことを指し示しているものとして判断した(参考wikipeida記事)。
チェンバーズ・ジャーナル紙と「吸血鬼について」のアーカイブリンク
・チェンバーズ・ジャーナル誌1896年11月14日号開始ページ
・「吸血鬼について」が始まるページ
「吸血鬼について」をテキストに起こした海外サイト
thebookshelf2015.blogspot.com
上記はチェンバーズ・ジャーナル紙1896年11月14号に掲載された「吸血鬼について」という特集記事。ピーター・ヘイニングがアンソロジーで紹介した「クリングの吸血鬼」は、チェンバーズ・リポジトリ誌にはなく、このチェンバーズ・ジャーナル紙の「吸血鬼について」からの掲載だった。
ダグラス・アンダーソンのブログ、ピーター・ヘイニングを批判しまくった記事
【その他のピーター・ヘイニングの詐欺】
wormwoodiana.blogspot.com
アンダーソンが運営する他のブログ「あまり知られていない作家」より
コメント欄における話の流れで、ヘイニングがとにかく信用できないことをアンダーソンは繰り返し主張している。
desturmobed.blogspot.com
ダグラス・アンダーソンは真面目な評論において、ヘイニングの憎しみが垣間見えるほど批判していた。彼はブログでも、ピーター・ヘイニングの詐欺特集を作ったほどで、こちらはより辛辣になっている。コメント欄には、アンソロジストのマイケル・パリーが書きこんでいた。彼はこの記事をみて、初めてヘイニングの不正を知りショックを受けたこと、そして疑心暗鬼になってしまったことをコメント欄にてアンダーソンに打ち明けている。今回の記事はヴァクスマンの吸血鬼小説「謎の男」だが、そのマイケル・パリーのアンソロジー「ドラキュラのライヴァルたち」(ハヤカワ文庫/1980)が初の邦訳となる。このアンダーソンのブログは「謎の男」とは関係ないことを調査しているときに発見したもので、記事も「謎の男」に関するものはない。「謎の男」の初邦訳のきっかけとなった編集者を見つけたときは、まさかあのパリーさんだったのかと驚いたものだった。
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「幻想と怪奇13」において、ヘイニングが捏造を行った作品の例として「骸骨伯爵」と「フランケンシュタインの古塔」を例に挙げたが、上記の記事はその件を詳しく解説したものとなる。実は原稿の第一案ではホレス・ウォルポールの「マダレーナ」も、ヘイニングの捏造例として取り上げていた。これは旧「幻想と怪奇 2号 吸血鬼特集 7月号」(1973年7月)に収録された作品だったので、「幻想と怪奇」絡む事例として紹介するつもりだったのだが、字数の関係であえなく削除することに。このホレス・ウォルポール作だと言い張った「マダレーナ」だが、本来は「15世紀のイタリアの伝説」という作品で、作者はG.E.K.I.という人物だった。詳細は上記記事をご覧頂きたい。ただ最近、萩原學さんより教えてもらったのだが、後に「マダレーナ」と題して収録したものがあり、へイニングのアンソロジーの収録内容から考えると、ヘイニングはそこから収録したようだった。当然ではあるがその版にも、ウォルポールの名はどこにもなかった。その件はいずれ記事にして紹介する予定。
以上が「幻想と怪奇13」の記事を作成するにあたって参考にしたものとなる。詳しい解説記事は2022年4月と10月に投稿しているので、もっとお知りになりたい方はぜひそちらをご覧頂きたい。また私は当初はニコニコ動画において解説活動を始めたので、ニコニコ動画の「ゆっくり解説」版も投稿している。ご興味があれば、併せてそちらの方もぜひご覧頂きたい。
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「幻想と怪奇13」に寄稿することになった経緯
興味がない方もいらっしゃるだろうが、私がなぜ今回「幻想と怪奇」に「謎の男」の作者判明の経緯の記事を寄稿することになったのかを、語らせて頂きたい。きっかけは2022年12月、新紀元社より刊行された「怪奇幻想の文学2 吸血鬼」だ。
「幻想と怪奇13」でご覧頂いたように、ヴァクスマンの「謎の男」は長らく作者不詳として紹介されてきた。初の邦訳はマイケル・パリー編集アンソロジーの邦訳版「ドラキュラのライヴァルたち」(ハヤカワ文庫/1980)だが、作者不詳として紹介していた。日本の吸血鬼解説本だと、1994年のマシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」や、比較的近年に刊行されたの2015年の「萌える!ヴァンパイア事典」などをを見ても、1860年に作られた作者不詳の物語というサマーズが唱えた説しか見当たらない。そもそも日本では「謎の男」を紹介されることは少なく、本当に手掛かりがなかった。
そんな「謎の男」の作者が判明していたことに私が気が付いたのは2020年のこと。そしてそれをきちんと記事にまとめて発表したのが、2022年4月と10月になる。ヴァクスマンを日本で最初に紹介したのは私だろう。もちろん事情を掴んでいた人はいらっしゃるかもしれないが、公に紹介したという意味なら、私が最初のはずである。
またこれまで信じられていた吸血鬼の定説を覆す説見つけてしまった
— ノセール (@y_noseru) September 28, 2020
ドラキュラも影響を受けたとされる1860年の作者不詳「謎の男」
発表はもっと前で、しかも作者判明していた!
嘘だろ…
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そして2022年10月に、「怪奇幻想の文学2」が12月に刊行されることが発表された。そして新紀元社のサイトを見みると、そこには「謎の男」が収録されることが明記されていた。しかも今回は作者をヴァクスマンときちんと明かしての収録だと知り、それはもう喜びで一杯だった。日本でもついに、本当の作者を公開したうえで収録されるのかと、喜びはひとしおだった。
私は解説のために海外の論文やらサイトやらを見ることも多いが、実は英語はからっきしで、普段はもっぱらDeeple翻訳とGoogle先生にほぼお任せ状態だ。それが今回、ヴァクスマンの名が公開される。私は海外の論文やサイトを見ると言っても、所詮は英語力のない人間が機械翻訳に頼っている現状であるし、情報源も素人がGoogle検索で分かる範囲で調査しているだけである。私より海外文学や文献への造詣が深い翻訳者や編集者なら、私よりももっと色んな文献にあたることができ、深い事情を掴んでいらっしゃるのではと、勝手ながら期待していた。実はこの時、ニコニコ動画の解説も「謎の男」を取り上げようと計画していた時期だったので、もしかしたら真新しい情報を提供できるかもしれないという期待もあった。
ところがいざ発売され、実際の「怪奇幻想の文学2 吸血鬼」を見ると、予想外のことが書かれていた。「幻想と怪奇」編集室の牧原勝志氏の解説には、「ヴァクスマンの「謎の男」はマイケル・パリー編「ドラキュラのライヴァルたち」収録の際は、なぜか「作者不詳」とされていた。」とあったからだ。刊行の数か月前に、私のブログでヴァクスマン判明の経緯を解説記事を上げているし、英語の題名"The Mysterious Stranger"で検索すれば、割と簡単にヴァクスマンを解説するサイトがヒットする。何らかの事情は掴んでいらっしゃるだろうと思っていたら、全くご存知でない様子であった。
私のブログですでに解説しているが、私のブログは来訪者が少ない。ヴァクスマン解明の経緯がもっと広まって欲しいという思いがあった。なので数日後に私は「なぜ謎の男が作者不詳であったのか」のか、その経緯を新紀元社経由で牧原氏に、直接メールで連絡した。新紀元社を経由したのは、牧原氏に直接連絡する手段を知らなかったから。それはともかくとして、「謎の男」はモンタギュー・サマーズ師が「作者不詳」と紹介して以後、サマーズ説が信じられ続けたこと、2010年にダグラス・アンダーソンが、ピーター・ヘイニングの嘘を見破る形でヴァクスマンに行きついたこと、そして「怪奇幻想の文学2」の刊行数か月前に、私がその件をブログ記事にしたこと、今回連絡させて頂いたのは、すでにブログで公開していることもあり、その経緯をぜひ知って頂きたいという思いから連絡を差し上げた、という内容のメールをドキドキしながら送付した。
いきなりこんな不躾な連絡、果たして読んでくださるだろうか、いやそもそも新紀元社のご担当者さまも転送してくださるだろうかと思っていたら、なんと牧原氏から直接お返事を頂くことができた。
そうしてやり取りをさせて頂いたのち、今回の幻想と怪奇の寄稿を勧められた次第。とまあこうして寄稿を勧められたことで、今回の寄稿するに至りました。もともと私はオタク界隈で繰り広げられる「日光が平気な吸血鬼なんておかしい」というのが「おかしい」ということを、どうにかして広めたいと言うことで、ニコニコ動画で解説活動を始めてきた。2015年当時、ゆっくり解説はニコニコ動画の文化だった。今始めるならYoutubeと同時投稿しているはずです*2。今もその想いは変わりませんが、活動を続けていく内に、海外では2000年代になっても、これまでの定説を覆す新たな事実が判明し、しかもそれが簡単にGoogle検索にヒットします。しかし日本では1990年代の情報で止まっており、発信される様子がありませんでした。なので日本では知られていないマニアックながらも興味深い情報を提供すべく、こうしてブログでも活動するに至りました。今回の寄稿のお話は、日本では知られていない吸血鬼の話題をより広めるチャンスだととらえて、悩むことなく牧原氏のご提案をお受けした次第です。
今回を機に、今後も「幻想と怪奇」への自由寄稿枠へ投稿をしようかと思います。ただ今後は採用されるかどうかは不明ではありますが。動画とブログの二足わらじの活動、それに普段の生活もあるので、それぞれの更新は今まで以上にゆっくりなペースとなりますが、どうかご理解いただければ幸いです。今回「幻想と怪奇13」をご覧頂いた方、またそこから当ブログへお越し頂いた方に、この場を借りましてお礼申し上げます。ぜひ今後もニコニコ動画や当ブログへお越し頂ければ嬉しく思います。あ、ニコニコ動画は客層を考えて、かなりおふざけでやっていますので、そのあたりはどうかご容赦を。(ニコニコ特有ののり、オタクの悪ノリというやつです)
そして最後に。今回、いきなり不躾な連絡をしたにもかからず、丁寧なご返信を頂き、更には寄稿する機会を与えて下さった「怪奇と幻想」の編集室の牧原勝志様に、この場をかりまして厚くお礼を申し上げます。
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*1:東方projectを知らない方に簡単に説明すると、東方Projectとは同人シューティングゲームの一連のシリーズのこと。上白沢慧音は普段は歴史の編纂をしており、寺子屋でも授業を受け持っている。スカーレット姉妹は吸血鬼。東方は二次創作が盛んで、私のニコニコ動画の解説も東方Projectの二次創作という形をとっている。東方だと霊夢と魔理沙の「ゆっくり解説」が有名で、霊夢と魔理沙の主人公コンビが主流。逆に敵キャラのスカーレット姉妹、とくに慧音を出すのはゆっくり解説としてはあんまり見られないが、東方Projectにはスカーレット姉妹という吸血鬼キャラがいること、歴史を編纂しておりしかも寺子屋で教えているという設定がある慧音は、吸血鬼解説ではむしろ相応しいと思って選出した。
*2:今からYoutubeに投稿しないのは、動画では結構間違いもあるので、どうせあげるのであれば修正版を投稿したいと思っているから。そうするとますます時間が取れなくなるので、今はニコニコ動画のみに投稿しています。