吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

吸血鬼の形成の歴史を民間伝承と海外文学の観点から詳しく解説、日本の解説書では紹介されたことがない貴重な情報も紹介します。ニコニコ動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼」もぜひご覧ください。

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ホレス・ウォルポールの幻の作品「マダレーナ」が、別人の作品だった【ピーター・ヘイニングの捏造疑惑③】

シリーズ目次(クリックで展開)吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の作者はティークではなくて別人だった!本当の作者とは!?(ヘイニングの不正を知る前の記事)
女性作家による最初の吸血鬼小説「骸骨伯爵、あるいは女吸血鬼」が捏造作品だったことについて
古典小説「フランケンシュタインの古塔」はピーター・ヘイニングの捏造?他にもある数々の疑惑
③この記事
女性で最初に吸血鬼小説を書いたエリザベス・グレイという作家は存在していなかった
ドラキュラに影響を与えた作者不詳の吸血鬼小説「謎の男」の作者が判明していた
ドラキュラのブラム・ストーカー、オペラ座の怪人のガストン・ルルーなど、まだまだある捏造疑惑
吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」の作者を間違えたのは、ピーター・ヘイニングではなかった?
吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」を1800年作と紹介してしまったのは誰なのか
【追補】吸血鬼小説「謎の男」の作者判明の経緯について
アメリカ版「浦島太郎」として有名なリップ・ヴァン・ウィンクルの捏造


 前回の記事の続き。女性作家による最初の吸血鬼小説「骸骨伯爵(1828)」が、英国のホラー・アンソロジスト、故ピーター・ヘイニングによる捏造の疑いが発覚したことがきっかけで、彼の不正が芋づる式に判明した。エリザベス・グレイ作「骸骨伯爵」、作者不詳「フランケンシュタインの古塔」は、ヘイニングによる捏造の可能性が極めて高いこと。「スウィーニー・トッド」「バネ足ジャック」は、共に実在していたと主張するも、検証可能な証拠は一切示していない。吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」については、ドイツでは正しい作者で紹介していたのにも関わらず、作者を取り違えて紹介、英米の研究者は彼の説を鵜呑みにし、英米や日本では、長らく間違った作者で紹介され続けることになってしまった(その件を解説した記事のリンク)。そんな中、ヘイニングが150年ぶりに発見したというホレス・ウォルポールの「マダレーナ」も、ヘイニングの捏造ではないかと思っていると前回の記事で述べたが、読者の方から「マダレーナ」は実在する小説、但し作者はウォルポールではなくて別人という情報を頂いた。マダレーナの間違いについても日本では言及されたことがないので、今回急遽紹介することにした。

ホレス・ウォルポール作とされた幻の作品「マダレーナ」

 前回の記事の内容と重複してしまうが、マダレーナのこれまでの立ち位置を改めて紹介しておこう。吸血鬼小説「骸骨伯爵」や、メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」に影響を与えたという作者不詳「フランケンシュタインの古塔」、どちらもピーター・ヘイニングが新発掘したとして発表、当時界隈を大いに驚かせた。だが現在は両方とも、ヘイニングによる捏造作品の可能性が極めて高いとされている。とくに「フランケンシュタインの古塔」に関しては、これを紹介した荒俣宏が「恐らくピーター・ヘイニングによる捏造だろう」と言っている始末。そして荒俣は「ヘイニングは他にも『フランケンシュタインの古塔 』と同じ手法で珍品を捏造した事実がある」とも言っている。その珍品については言及していないが、その候補らしきものを私は偶然発見した。1973年、歳月社より刊行された「幻想と怪奇 7月号 吸血鬼特集」に収録されたホレス・ウォルポール「マダレーナ」"Maddalena"という作品だ。ウォルポールの「オトラント城奇譚」は当時爆発的な人気となり、ゴシック・ロマンスというジャンルを築いた元祖とされる。19世紀の吸血鬼文学の解説本などを読むと、彼や彼の作品の名はどこかしらで目にする。今でもウォルポールといえば「オトラント城奇譚」というぐらいだ。さてそんなウォルポールの作品「マダレーナ」は、吸血鬼の調査の為「幻想と怪奇 7月号 吸血鬼特集」を呼んでいるとき、偶然見つけたものだ。「吸血鬼特集」と銘打たれたものであるが、「マダレーナ」に関しては吸血鬼要素は全く見いだせなかった。恐らくではあるが、今まで誰も知らなかったウォルポールの作品が「吸血鬼特集」より1年程前に見つかったことから、怪奇文学を嗜む日本の読者にいち早く知って貰いたいがために、吸血鬼モノでないこの作品を紹介したのだと思われる*1


 そんな「マダレーナ」は、ヘイニングが発掘したものであると紹介されている。だが「骸骨伯爵」や「フランケンシュタインの古塔」の経緯を知ったあとだったので、私は非常に怪しんだ。ともかく「怪奇と幻想」にある説明をそのまま紹介しよう。


幻想と怪奇 7月号 吸血鬼特集
中古品も現時点ではまだ手に入ります

 怪奇小説の創始者ホレス・ウォルポールと、その「オトラント城奇譚」の名はあまりにも有名だが、日本の読者に真価が理解されているかどうかということになると、まったく別問題である。毀誉褒貶いずれにしても、この作品を英文学とEnglish tasteの里程標として正面から論じた者はほとんどいない。
 その理由の一つに、彼の書簡等を中心とする著作38冊の大部分が稀覯本であるということもあろう。ここに訳出した一編は、1798年から1825年にかけて刊行された全集に含まれたもので、アンソロジスト、ピーター・ヘイニングにより150年ぶりに発掘されたものである。ウォルポール理解の一資料となるものであろう。

「幻想と怪奇 7月号 吸血鬼特集」 p.87


 ウォルポールの著作38冊の大部分が稀覯本で、それをピーター・ヘイニングが150年ぶりに発掘。普通ならすごいとなるだろうが、前回、前々回の記事で説明してきたように、ヘイニングの数々の不正疑惑を知った後なのでもはや信用できない。今日、Google検索すれば大抵本物の写真画像なりコピー画像なりが出てくる。だがマダレーナについては本物の画像は見つからなった。分かったことと言えば、ヘイニングは1972年に刊行したアンソロジー"Great British Tales Of Terror: Gothic Stories Of Horror And Romance 1765 - 1840 "(リンク先Amazon)で、マダレーナを初めて紹介したようだということぐらいだ。この掲示板を見ると、一番最初に収録されている。ハード・カバー版、ペーパー・バック版ともに日本のAmazonで購入可能だ。


左:ハードカバー版 右:ペーパーバック版


「マダレーナ」の作者はウォルポールではなかった

 前回の記事投稿後、中島晶也様から、「マダレーナ」は捏造ではなく実在した小説であるが、初出がウォルポールの死後で別人の作だという情報を頂いた。情報源はInternet Speculative Fiction Database(ISFDB)と呼ばれる、海外のファンタジーおよびホラー小説についての書誌情報データベースの記述であった。(ISFDBの詳細はwikipediaを参照して下さい



www.isfdb.org

 上記データベースには、「マダレーナ」はウォルポール作とされているがこれは誤りで、本当のタイトルは「15世紀のイタリアの伝説」"An Italian Legend of the Fifteenth Century"といい、作者はG. E. K. I.という人物で1825年作と書いてあった。そして上記のDBでAn Italian Legend of the Fifteenth Centuryの項目をみると、W. Morgan編、作Ambrose Martenによる1826年の「スタンレー物語、原版と選出」”The Stanley Tales: Original and Select”に収録されているとある。そして実際Googleブックスにアーカイブがあることを発見した。そしてGoogleブックスをさらに検索すると、「スタンレー物語」よりも前の1825年「オックスフォードの季刊誌 第1巻」”The Oxford quarterly magazine, Volumu the first”に収録されていることも発見した。現状、「マダレーナ」が収録された一番古いものは、1825年ということになる。私はずっと"Maddalena""Walpole"などのワードを色々組み合わせて検索していたが、本来の題名で検索すると、あっさりと現物のコピー画像が出てきた。"Maddalena"は本来の題名でないから、検索上に載ってこなかったわけだ。

The Stanley Tales
”The Stanley Tales Vol.6(1827)”
”The Stanley Tales”に収録された「マダレーナ」冒頭と最後

上記画像のGoogleブックスのリンク



The Oxford quarterly magazine, Volumu the first
”The Oxford quarterly magazine, Volumu the first(1825)”
"The Oxford quarterly magazine"に収録された「マダレーナ」の冒頭と最後

上記画像のGoogleブックスリンク


 DBには「スタンレー物語」は1826年版とあったがこれは第1巻の刊行年月日を書いていたようで、実際に収録されていたのは1827年に刊行された第6巻であった。そして両方とも「15世紀のイタリアの伝説」というタイトルで作者はG. E. K. I.と明記されたいた。その内容も「幻想と怪奇 7月号 吸血鬼特集」にある安田均の訳と見比べてみたが、「吸血鬼特集」で紹介されていた「マダレーナ」と同一であることが確認できた。違いは両方ともに冒頭で、バイロン卿の詩「夢」”The Dream”の一文を引用していること。これは「吸血鬼特集」にある日本語訳には収録されていない。


 以上、発見できたものから言えば、この作品のタイトルは「マダレーナ」ではなくて「15世紀のイタリアの伝説」となり、作者はG. E. K. I.なる人物だ。ヘイニングは何故、この作品をウォルポール作と断定できたのであろうか。データベースではウォルポールの作品でないとしていたが、この件でもヘイニングの主張が完全に嘘とは言いきれない。1825年以前のものが、本当にある可能性も残されているからだ。ウォルポールは、今回確認できた出版日の1825年の28年前の1797年に亡くなっている。もし本当にウォルポール作であるとすれば、ウォルポールの死後30年近くも経ってから、2度も再録されたということになる。しかも作者はG.E.K.I.という人物に変更されてである。非常に不可解と言わざるを得ない。


 そしてもう一つ、不可解なことがある。1825年版と1827版にはともに冒頭で、バイロン卿の詩「夢」の一文が引用されていることである。だがこれは「吸血鬼特集」に収録された日本語訳には、そのバイロンの詩は掲載されていない。ウォルポールが亡くなったのは1797年、それに対してバイロンが「夢」を作ったのは1816年である。たとえバイロンがウォルポールの晩年に詩を作ったとしても、その時のバイロンはまだ9歳、まずありえない。ここから導き出される答えは、バイロンの詩を掲載するとウォルポール作品でないことは明らになってしまうから、ヘイニングがバイロンの詩を削除して掲載した、という可能性だ。翻訳者の安田均が省いた可能性もあるが、やはりヘイニングの仕業ではないかと思ってしまう。この件に関してはヘイニングの著書を注文したので届き次第、ヘイニングが削除した可能性についての解説記事を投稿しよう。


 さてこの件もなんら証拠がなく、ヘイニングの主張は極めて疑わしいという結果になった。データベースではウォルポール作でなくてG.E.K.I.作としている。だが、それでも先ほど述べたように、ヘイニングの主張にも、まだ一応言い訳が成り立つ。ウォルポールの発表後、G. E. K. I.なる人物がバイロンの詩を付け足して、自分の作品だと偽ったという可能性だ。「ない」という証明は第三者からはできないので、これもヘイニングがきちんとウォルポール作であるという実物の証拠を示してくれれば、そんな問答をしなくて済むのだが。この件も「骸骨伯爵」や「フランケンシュタインの古塔」などと同じく、完全にヘイニングの嘘とは言いきれないことが、モヤモヤさせられる。ヘイニングも既に亡くなっているので、もはや真贋を明らかにすることはできない。


 仮にヘイニングが嘘をついたという前提で話を進めるが、ヘイニングはどこでこの物語を知ったのであろうか。「幻想と怪奇」にあった説明には、1798年から1825年にかけて刊行されたウォルポールの全集に含まれたものとある。それをヘイニングは150年ぶりに発掘したと言い張っている。一方、「15世紀のイタリアの伝説(マダレーナ)」が収録されたもので一番古いものは1825年の「オックスフォードの季刊誌 第1巻」だ。この「オックスフォードの季刊誌 第一巻」をヘイニングは読んだのではないだろうか。ただ、そこからなぜウォルポールと結びつけたのかまでは、理由は分からないが。


 本当の作者G. E. K. I.についてだが、彼(彼女?)についての詳細は何一つ分からなかった。データベースの情報でも彼の作品は「15世紀のイタリアの伝説」だけのようである。明らかなペンネームであると言うこと以外は、分からないままだろう。


 最後に。「15世紀のイタリアの伝説(マダレーナ)」が収録された「オックスフォードの季刊誌 第1巻」(1825)と「スタンレー物語」(1826)は、ともに当時のコピーがGoogleブックス上にあり、そのリンクも紹介した。その内、「スタンレー物語」は、kindleストアで電子版が全巻購入可能である。ただ、どうもOCRでスキャンした後、そのまま機械側で文字に置換したものを販売しているようだ。どういうことかと言うと、一部の文字が電子文字でなくて現物の文字のままで残っているし、”Maddalena”が”Magdalena"となっているなど、明らかな間違いが散見されるからだ。とくに”Maddalena”は大半が”Magdalena"となっているから、人の目による確認はされておらず、読み取っただけで終わっている可能性がある*2。そんな代物が999円でkindleストアで販売されている。このクオリティでこの値段なので、購入はおすすめはできない。気になる方は、Googleブックスにあるものを見るといいでしょう。それでも一応販売のリンクだけは紹介しておきます。


 以上、中島晶也様の情報提供からまた一つ、ピーター・ヘイニングの主張に根拠がないことが判明した。私の調査では、マダレーナに関するヘイニングの不正に関してなんら情報はヒットしなかったが、データベースにウォルポール作でないと書いてある以上、どこかしらでもっと詳しく言及されてはいそうである。さて今回の主題は、ヘイニングが発掘したという吸血鬼小説「骸骨伯爵」が、ヘイニングの捏造であったという件について。ヘイニングは他にも「死者よ目覚めるなかれ」「フランケンシュタインの古塔」「バネ足ジャック」「スウィーニー・トッド」、そして今回の「マダレーナ」でも、不正を働いた可能性が極めて大きい。まだ説明していないがあと1件、彼の不正疑惑があることが判明している*3。こうした経緯から「骸骨伯爵」も、その存在自体が非常に怪しまれている。だが前回も述べたように、ヘイニングが発掘したという「骸骨伯爵」の存在が、違う方面から極めて疑わしくなった。それは作者のエリザベス・グレイが、そもそも存在しない人物であったことが判明したからだ。存在しない人物に、作品など作れるわけがない。だがグレイの存在を捏造したのはヘイニングではない。なぜならヘイニングが生まれた年に、サマーズ師が彼女の作品の書評を残しているからだ。次回の記事でそのあたりのことを詳しく説明していこう。


次の記事➡女性で最初に吸血鬼小説を書いたエリザベス・グレイという作家は存在していなかった

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*1:一応、血が出る描写があるが怪我によるものであり、血を飲む描写は一切出てこない。マダレーナという女の悲恋を描いた物語である。

*2:全文は確認していないが、kindleアプリで”Maddalena”と検索しても1件もヒットしない。

*3:その件は、骸骨伯爵の不正解説の後に投稿する予定。