吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

吸血鬼の形成の歴史を民間伝承と海外文学の観点から詳しく解説、日本の解説書では紹介されたことがない貴重な情報も紹介します。ニコニコ動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼」もぜひご覧ください。

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ドラキュラのブラム・ストーカーから、オペラ座の怪人のガストン・ルルーまで、まだまだある【ピーター・ヘイニングの捏造疑惑⑥】

シリーズ目次(クリックで展開)吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の作者はティークではなくて別人だった!本当の作者とは!?
(ヘイニングの不正を知る前の記事)
女性作家による最初の吸血鬼小説「骸骨伯爵、あるいは女吸血鬼」が捏造作品だったことについて
古典小説「フランケンシュタインの古塔」はピーター・ヘイニングの捏造?他にもある数々の疑惑
ホレス・ウォルポールの幻の作品「マダレーナ」が、別人の作品だった
女性で最初に吸血鬼小説を書いたエリザベス・グレイという作家は存在していなかった
ドラキュラに影響を与えた作者不詳の吸血鬼小説「謎の男」の作者が判明していた
⑥この記事

 英国のホラー・アンソロジスト、ピーター・ヘイニングの数々の捏造疑惑をこれまで紹介してきた。「死者よ目覚めるなかれ」「マダレーナ」のような、作者を意図的に間違えて紹介する不正、「バネ足ジャック」のような都市伝説を、ありもしない証拠で実在していたとごり押しした件、挙句の果てには「骸骨伯爵」「フランケンシュタインの古塔」のように、「新発見した」と言いたいがために作品そのものを捏造する不正などなど、ヘイニングは数々の不正疑惑があった。そしてそれは、完全には不正とは言いきれない限りなく黒に近い灰色であり、ヘイニングの主張が完全に嘘と言いきれないことが何とも嫌らしいことは、過去記事で解説してきた通り。私が知りうるヘイニングの不正は前回記事で全てだったが、その後の調査で彼の不正疑惑はまだあったことが判明した。それどころか、かなり手の込んだ捏造まで手を染めていたことが判明した。いや、もう、あまりにも酷すぎて言葉を失うほどであった。もちろん一方的な書き込みであり、自分で検証したわけではないが、そう怪しまれる言動をしてきたヘイニングも悪いし、書き込んだ方もそれなりの検証をしていることが伺える。とまれ、ネット上の書き込み流石にそれを一つ一つ検証する労力は流石にないので、今回はネット上にあった書き込みを紹介するだけにとどまるが、どうかご了承頂きたい。


「狼男」のガイ・エンドアに関する捏造

 前回記事で、イギリスの雑誌Fortean Times 291号においてピーター・ヘイニングの不正疑惑の特集があるかもしれないと紹介した。”Vampire Skeletons"なる話題もあるので、てっきりヘイニングが不正を働いた「骸骨伯爵」の話題でもあるのかと思っていた。その後通販で取り寄せたFT291号を見てみると、ヘイニングの不正特集はなかった。”Vampire Skeletons"も、吸血鬼とされ埋葬された遺骨の話題であった。だが色々と気になった私は"Peter Haining""Forgery""hoax"などの単語を組み合わせて検索してみたら、ヘイニングの不正についての書き込んでいるブログを複数みつけることができた。


 その一つ目が、海外の"Wormwoodiana"というブログ。ファンタジーや超自然といった文学の情報発信をする海外ブログで、運営にはダグラス・A・アンダーソン氏が関わっている。前回の記事で紹介したように、A・アンダーソンは、作者不詳とされた吸血鬼小説「謎の男」の作者を突き止めた人だ。そのきっかけもヘイニングが主張した「クリングの吸血鬼」という小説の存在を突き止めるときに、副次的に発見したというのは前回説明した通り。そのブログの2012年8月30日付の記事で、ヘイニングの不正について色々書かれていた。記事投稿者はA・アンダーソン氏である。


Another Peter Haining Fraud:ピーター・ヘイニングのもう一つの詐欺
wormwoodiana.blogspot.com


 ピーター・ヘイニング(Peter Haining, 1940-2007)は、アンソロジーを充実させるために手を抜いただけでなく、引用文献を捏造したり、テキストを捏造したりすることまでしていたことが知られている。 この2つの深刻な問題は、特にブラム・ストーカー資料集に顕著で、意図的に誤った引用をしたり、複製とされるテキストを大幅に書き直したりしている。このほかにも、彼のとんでもない詐欺の例をいくつか紹介した(初期の『ウィアード・テイルズ』からある作家の作品を持ち出し、それをドロシー・マッカードルの作品、アイルランドの雑誌からだと主張した例については、こちらをご覧ください)。 ※こちらについては後程紹介します。


 今、私はヘイニングの計画的な欺瞞の別の例を偶然発見した。私は最近、『パリの狼男』(1933年)の作者、ガイ・エンドア(1900-1970年)の著作をよく調べている。 ヘイニングのアンソロジー『狼男:人獣のホラー小説』(London: Severn House, 1987)に、「ガイ・エンドア」と裏書きされた「狼少女」という物語がある。 ヘイニングはこう記している。


「狼男」というテーマには何年も魅了されていたようで、10代になったばかりだった彼は、本書に収録されている「狼少女」という物語を書きました。 この作品は1920年12月に雑誌「アルゴジー」"The Argosy"に掲載されたもので、文体には難があるものの、アラスカの伝説に基づいているという点で興味深いし、恐怖と性的魅力の狭い境界線を探るエンドアの初期の段階を示している。

どれもよくできた話だ。 しかし、それは精査に耐えない。 フレッド・クックの"The Argosy Index 1896-1943"で確認できるように、1920年12月号の"The Argosy"には(その前後の年も)そのようなタイトルの記事はなく、エンドアの署名も全く出てこない。いずれにせよ、ガイ・エンドアの初期の作品は、すべて「S. Guy Endore」(最初のイニシャルは Samuel)の名前で出版されている。 1928年以降、ハンス・ハインツ・エヴァースのAlraune (1929)を含む彼の翻訳したいくつかの小説に、この名字が登場する。 1929年、短編小説が初めて定期刊行物に掲載された。1930年ごろから頭文字を使わなくなる。


 「狼少女」という物語もまた、疑問を投げかけている。第一に、この作品はエンドアのもっと洗練された文学的なスタイルとは似ても似つかぬものである。 また、1890年に発表されたクレメンス・ハウスマン「人狼」"The Were-Wolf"の一部をパルプスタイルで再話し、舞台を表面的にアラスカに移している(ただし「狼少女」にはアラスカらしさを感じさせるものは何もない)。ヘイニングが無名の雑誌で「狼少女」を見つけ、誰も自分の出典と作者について異議を唱えないと考えた可能性がある。また、ヘイニング自身がハウスマンの物語をこの劣悪な埋め草原稿*1に脚色し、それをガイ・エンドア(ヘイニングのアンソロジーがもう少し売れるように、彼の名前が役に立つかもしれない)の作品として流布した可能性もある。 そのため、ヘイニングのアンソロジーがもう少し売れるかもしれない。もう一つは、主観的ではあるが、確かなことだと思う。ガイ・エンドアは「狼少女」を書いていない。 最後に、ピーター・ヘイニングの言うことは何も信用できないということがますます明らかになってきた。

投稿者:ダグラス・A・アンダーソン


 色々あるが、まず最初に目を引くのが、ヘイニングは吸血鬼ドラキュラの作者、ブラム・ストーカーの資料集において、意図的に間違った引用や、資料を勝手に手を加えて紹介していたりしていたようだ。これについてはブログのコメントの方に色々書かれているので、後ほど紹介しよう。まずはこの記事の主題のガイ・エンドアについて説明しよう。


ガイ・エンドア
サミュエル・ガイ・エンドア(英語wikipedia)
(1901~1970)


 ガイ・エンドアはハリー・レリスとも知られたアメリカの小説家兼脚本家で代表作は「パリの狼男」。これは吸血鬼文学の代表作がブラム・ストーカーの「ドラキュラ」だとすれば、狼男文学の代表作が彼の「パリの狼男」が例として挙げられるという*2。エンドア自身は日本では著名とは言い難いが、「パリの狼男」は日本語訳が存在する。


 ヘイニングは自身のアンソロジー"Werewolf: Horror Stories of the Man-Beast"において、次のように主張した。10代になったばかりのエンドアが、「狼少女」 “The Wolf Girl”というアラスカを舞台にした物語を書き、それが「アルゴジー」"The Argosy"という雑誌の1920年12月号に掲載されたと主張、実際その物語を紹介した。だがフレッド・クックの「アルゴジー・リスト」を見ると、「アルゴジー」に「狼少女」などいう作品の名前は全く見当たらないし、エンドアの署名も全くでてこないという。エンドアの作品なら必ず「S. Guy Endore」の名前が明記されているからだ。


 そしてA・アンダーソンは、「狼少女」はエンドアの洗練された文学スタイルとは、似ても似つかぬものと断じた。そしてA・アンダーソンはヘイニングの不正に関して2つの可能性を考えた。一つは、「アルゴジー」ではない他の無名の雑誌から、ヘイニングが本当に「狼少女」なる作品を発見したというもの。だが作者は分からなかったので、作者を適当に偽ることを思いついた。偽っても誰も意義を唱えいない可能性を考えたであろうと。そしてもう一つの可能性が、ヘイニング自身が「狼少女」を捏造したという可能性だ。そしてその時参考にしたのが、クレメンス・ハウスマンの「狼男」"The Were-Wolf"ではないかとしている。


クレメンス・ハウスマンと彼女の作品「狼男」


 クレメンス・アニー・ハウスマンはイギリスの女性参政権作家・イラストレーター・活動家で、代表作は3つありその内一つが今回の「人狼」"The Were-Wolf" であると英語wikipediaで紹介されている*3。普通人狼と聞けば男を想像され、狼男などとも呼ばれる。だがこの作品は「女のワーウルフ」を主題とした寓話的なエロティックファンタジーであるというから、「狼女」と訳すのが妥当だろう。このハウスマンの狼女を参考にして、舞台をアラスカに移して「狼少女」なる物語をヘイニングは捏造したのではないかと、A・アンダーソンは推測している。ガイ・エンドアの名前を使えば、ヘイニングのアンソロジーが売れるかもしれないとして。これはアンダーソン氏のただの憶測である。とくにハウスマンの作品を参考にしたのではないかという部分については。だが、ヘイニングが不正をした可能性が高いことには変わりはない。「骸骨伯爵」「フランケンシュタインの古塔」のときと同じように、「新発見」案件である。これまで調査してきた私個人の意見では、これもいつものヘイニングの新発見:捏造だと思っている。ヘイニングはエンドアの、これまで知られていない「狼少女」なる小説を紹介した。いつも言っているが本当にあるのなら、証拠となるものを見せて貰いたい。今回のことは、前回紹介したホラーの書籍を語る掲示板Valtのスレでも言及されている(リンク先一番最後のdembones氏のコメント)。ちなみに、2011年工作舎より「狼女物語—美しくも妖しい短編傑作選」という海外アンソロジーの邦訳が発売されており、そこにハウスマンの作品も収録されているようだ。ただ「白マントの女」というタイトルなので、今回紹介した「狼女」でない可能性もある。プロジェクト・グーテンベルクにある彼女の「狼女」と見比べてみればわかるのだろうが、そこまでする気力はないのでご了承頂きたい。


www.gutenberg.org


アイルランド作家・ドロシー・マッカードルに関する捏造

 先ほどのブログでA・アンダーソンは、ドロシー・マッカードルの作品の詐欺の例についてはこちらを参照してほしいと言っていた。そのこちらというのは、"Lesser-Known Writers"(あまり知られていない作家)というブログで、内容はタイトルそのまんまであり、これもA・アンダーソンが関わっているブログである。その「リリアン・ハントレー・ハリス」という記事において、ヘイニングの捏造疑惑をアンダーソンが指摘している。

desturmobed.blogspot.com


ドロシー・マッカードル
ドロシー・マッカードル(英語wikipedia)
(1889~1958)


 ドロシー・マッカードルはアイルランドの作家で、彼女の著書「アイルランド共和国」"The Irish Republic"は、アイルランド独立戦争とその余波に関する物語として、特に反条約の観点からの解説が多く引用されている。イースター蜂起という日本語wikipedia記事に、そのアイルランド共和国の言及があるぐらいで、彼女の著作の邦訳は見当たらないので、日本では著名とは言い難いだろう。


 それはともかくとして、そんな彼女についてヘイニングは嘘をついた。「ハロウィンの誓い」という作品がある。原題は"The Voween on Halloween"となるが少々スペルを変えて一般的に"The Vow on Hallowe'en"と表記される。ヘイニングは自身のアンソロジー"Hallow'en Hauntings(1984)"において、その「ハロウィンの誓い」は、1922年の『Eire』誌に掲載され、ドロシー・マッカードルの作品だとして紹介した。ところが実際には掲載されていないという。


 「ハロウィンの誓い」の本当の作者はリリアン・ハントレー・ハリスという無名の作家であることが判明、アメリカのパルプ・マガジンとして有名なウィアード・テイルズの1924年5月から7月号で連載されていたものであると判明した。これもまさに「ヘイニングのいつものやつ」であろう。


 作者のリリー・ハリス(1883~1939)は、ジョージア州生まれで一人っ子、幼いころに両親が離婚している。弁護士のジョン・ジョセフ・ハリスと結婚するも、子供をもうけることはできなかった。彼女は南部連合娘会(United Daughters of the Confederacy and Southern States)の会員であり、人生の大半をジョージア州で過ごしたという。彼女の代表作は、それこそ今回紹介した「ハロウィンの誓い」であるとされる。


 A・アンダーソンは、これはヘイニングが多くのアンソロジーを編纂する際に行った大胆な不正の典型例と断じており、この不正の範囲が明らかになったのは近年のことであると述べる。「ハロウィンの誓い」は、2011年9月末にプライムブックスから出版されるPaula Guranのアンソロジー『Halloween』に正しい著者名で再掲載される予定だとあった。記事のコメント欄にあるA・アンダーソンの返信を見ると、2011年時点でもまだ作者をドロシー・マッカードルだとして紹介する出版社があったので、A・アンダーソンが連絡して修正してもらったようだ。海外のホラー・ファンタジー文学データベースであるISFDBのにおいても、マッカードルの作品ではなくてリリアン・ハリスの作品であるとの注意書きがあるため、この作品はハリスの作品で間違いないと判断されていることが伺える。


www.isfdb.org www.isfdb.org

オペラ座の怪人・ガストン・ルル―にまつわる捏造

 先ほどのWormwoodianaのブログ記事に戻ろう。記事の内容は、狼男で有名なガイ・エンドアに関するヘイニングの捏造についてだが、この記事のコメント欄でヘイニングの他の捏造について色々と語られていた。


ダグラス・A・アンダーソンとマイケルパリーのやりとり

 A・アンダーソンが「私の経験上、ほとんどのアンソロジストは公正で正直であり、中には模範的な人もいる。だけどヘイニングだけは変わっている」とコメントのに、マイケル・パリー氏が返信している。前回記事を見た人はピンと来ただろうが、前回紹介した吸血鬼小説「謎の男」の唯一の日本語訳は、マイケル・パリーのアンソロジー「ドラキュラのライヴァルたち」の邦訳のみである。「謎の男」に関連する二人が語り合っているとは、なんとも面白い。そのマイケル・パリーが次のように返信している。


古い物語のアンソロジーをまとめる際に、いかに間違いを犯しやすいかをよくわかります。拙著"The Supernatural Solution"では、出典を再確認せず、自分の誤った記憶に頼って、Manly Wade Wellmanの寄稿文のタイトルを不注意にも間違えてしまいました。ピーター・ヘイニングについては、彼は時々、(特に出所が不明瞭な)物語を彼に紹介しようとする「熱心な」文芸エージェントに惑わされたのではないかと思います。


 "The Supernatural Solution"はパリーが手掛けたアンソロジー。ISFDBを見ると、"The Supernatural Solution"の他、"The Rivals of Dracula"(ドラキュラのライヴァルたち)もあるので、間違いなく吸血鬼小説「謎の男」を紹介したマイケル・パリーご本人様の書き込みである。パリーは、自身のアンソロジーで思い込みで間違った紹介をして悔いたことがある、だがヘイニングの場合は出所が不明な物語を紹介することがあると指摘する。そしてその例をパリーが次のように挙げている。


1980年に出版されたヘイニングのアンソロ集「ガストン・ルルーのベッドサイド・コンパニオン」”The Gaston Leroux Bedside Companion”を読んだとき、その中の「蝋人形館」"The Waxwork Museum"という話を、どこかで別の作家のものとして読んだことがあるような気がしたのです。やがて、大英図書館で読んだアンドレ・ド・ロルドジョルジュ・モンティニャックによるフランスの戯曲「蝋の顔」"Figures de Cire"のことだと気がついたのです。そして、アンドレ・ド・ロルドは、その戯曲を同じタイトルの短編小説に仕立てていることが分かりました。その短編のフランス語のテキストと、ヘイニングの本に載っている「ガストン・ルルー訳」を比べてみると、確かに全く同じ物語であることが分かりました。この本の著作権のページには、B.P. Singer Features Inc(新聞や雑誌に「フィラー(埋め草原稿)」*4を供給するシンジケーション会社)が、アレクサンダー・ピーターズの翻訳を再版する許可を得たとクレジットされています。ヘイニングは、B.P.シンガー・フィーチャーズ社からルルー作品の正規の翻訳を買っていると信じ込まされた可能性がある。ちなみにB.P.シンガー社の社長はカート・シンガーで、彼自身、多くのホラーアンソロジーの編集者でした。


ガストン・ルルー
ガストン・ルル―
アンドレ・ド・ロルド
アンドレ・ド・ロルド


 ヘイニングはオペラ座の怪人で有名な、ガストン・ルルーについても捏造を行っていた。「蝋人形館」という作品をルルー作として、ヘイニングは紹介した。ところがパリーは、どこかで読んだ記憶があると思い調べてみたら、フランスの劇作家アンドレ・ド・ロルド「蝋の顔」という戯曲と同じ物語であることが確認できたという。「蝋の顔」という戯曲は、その後1914年にフランスで同名のサイレントホラー映画が作られた(詳細はwikipedia記事参照)。またヘイニングの捏造だと思いきや、「蝋人形館」の翻訳は、B.P.シンガー・フィーチャーズ社が、アレクサンダー・ピーターズから翻訳を再販する許可を得たうえで、ヘイニングがその翻訳を紹介している。パリーは、ヘイニングはB.P.シンガー・フューチャー社に騙された可能性があると指摘する。このコメントに対するA・アンダーソンの返信は次の通り。


A・アンダーソン
おっしゃるとおり、その(B.P.シンガー社にヘイニングが騙された)可能性はありますが、ヘイニングの作品にはこの種の詐欺が頻発しているため、私はまず彼を疑います。ガストン・ルルーの「ベッドサイド・コンパニオン」(1980)は持っていませんが、ヘイニング編集の「ガストン・ルルーの本物のオペラ座の幽霊とその他の物語」"The Real Opera Ghost and Other Tales"(1994)は持っており、これは1980年の本に近いと思われますが、1994年のものには前著があったことを伺わせるものはありません。その謝辞のページにはこう書かれています。「蝋人形館」と 「本物のオペラ座の幽霊」は、アレクサンダー・ピーターズが”Fantasy Book”(1969)に新たに翻訳し、B.P. シンガー・フューチャーズ社の許可を得て再掲載したものである。典型的なのは、ヘイニングはフランス語の原典を一切示しておらず、そして「アレクサンダー・ピーターズ」は彼自身のペンネームの一つらしい(彼のフルネームはピーター・アレクサンダー・ヘイニングである)。ついでに言うと、1969年に出版された「ファンタジー・ブック」というタイトルのものは見当たらない。当時のアメリカの雑誌には、1940年代のものと1980年代のものがあるが、ここでは関係ない。また、ヘイニングの謝辞にはフィクションが多いので、B.P. シンガー・フューチャーズとクレジットされていても、それは効果を上げるための飾りかもしれない。このように、この作品には怪しい雰囲気*5が蔓延している。もっと調べる必要がありますが、パリーさんがこの物語の以前の出典を特定したことは喜ばしいことです。


 さらに少し調べると、「アレクサンダー・ピータース」の翻訳は、1933年のCreepsの巻*6"Terrors"「蝋人形」"Waxworks"のタイトルで掲載されているものを一字一句そのまま持ち出したもので、正しくはアンドレ・ド・ロルドのものであることがわかりました。


 パリーは、ヘイニングがB.P.シンガー社に、ガストン・ルルーの在りもしない翻訳本を騙されて購入させられた可能性を指摘していた。だがA・アンダーソンは、ヘイニングにはこれまで詐欺の余罪が沢山あるから、ヘイニングが捏造したことをまず疑うべきだと主張している。実はA・アンダーソンがこの後に述べたことは、英語wikipediaのガストン・ルルーの記事の一番最後の項目"Misattributions"にも分かり易く書かれている。


en.wikipedia.org


1980年に出版されたピーター・ヘイニング編集のアンソロジー「ガストン・ルルー・ベッドサイド・コンパニオン」や、ヘイニング編集の「ガストン・ルルーの本物のオペラ座の幽霊」 (Sutton, 1994)」には、ルルーの作品とされる「蝋人形館」という話が収録されている。前書きには、アレクサンダー・ピーターズの翻訳が1969年に「ファンタジー・ブック」に掲載されたとある(ただし、フランス語の原著出版年は記されていない)


「アレクサンダー・ピーターズ」も「ファンタジー・ブック」も存在しないようで、この物語のテキストは実は、1933年にチャールズ・バーキンが匿名で編集したしたアンソロジー”Terrors: A Collection of Uneasy Tales”「蝋人形」"Waxworks"として掲載されたアンドレ・ド・ロルドの物語「蝋の顔」"Figures de cire"を一語一語コピーしたものである。


 この混同により、ルルーは1933年の映画『蝋人形館の謎』"Mystery of the Wax Museum"、1953年の映画『蝋人形の家』"House of Wax"(いずれもチャールズ・S・ベルデンの原作)、特に1997年のイタリア映画『蝋人形』"Wax Mask"の物語と誤ってクレジットされていることがある。(例えば、トロイ・ハワース著『Splintered Visions』: ルチオ・フルチとその映画)。


ルルーによるそのような物語は存在しないが、ルルーの小説"La double vie de Théophraste Longuet"の第9章が「蝋の仮面」"Le masque de cire"と題されていることから、多少の混乱は生じたかもしれない。

(註)上記の記述には典拠が示されているが、その典拠先の資料までは確認していない。またリンク切れしているネット上の記事を参照しているものもある。


 つまるところ、ヘイニングがB.P.シンガー社を通じて翻訳の再掲載の許可を取りつけたアレクサンダー・ピーターズなる人物は存在しておらず、ガストン・ルルーの翻訳が掲載されたという1969年のファンタジー・ブックも、存在しないと断じられている。しかもアレクサンダー・ピーターズが翻訳したとするルルーの「蝋人形館」は、実は1933年にチャールズ・バーキンが匿名で編集したアンソロジー"Terrors"に収録されていたアンドレ・ド・ロルドの、「蝋の顔」を一語一句コピーしたものであることまで、バレてしまっていた。


 そしてヘイニングのフルネームがピーター・アレクサンダー・ヘイニングであることから、アレクサンダー・ピーターズはヘイニングの偽名ではないかとA・アンダーソンは指摘している。それどころかあの書き方なら、何らかの証拠を掴んだようだ。


 つまりヘイニングは、自分のアンソロジーの信ぴょう性と権威を高めるために、「ファンタジー・ブック」なる存在しない雑誌をいつものようにでっちあげ、そしてアレクサンダー・ピーターズという人物を捏造して、あたかもルルーの翻訳が前からあるように見せかけたいたようだ。誰も知らない雑誌を捏造するのはいつものヘイニングの手口だが、このケースでは架空の人物まで捏造している。そこまでやるのかという感じだ。B.P.シンガー・フューチャー社とヘイニングは、グルではないかとさえ思ってしまう。しかし偽名が、ピーター・アレクサンダー・ヘイニングを想起させるアレクサンダー・ピーターズである。架空の人物を作るにしたって、いくら何でも安直すぎやしないか。安直すぎて逆にヘイニングを貶める罠ではないかとさえ思えてくるぐらいだ。もしヘイニングが考えたのだとしたら、いくら何でも他に名前はあっただろうにと思う。勿論これはA・アンダーソンの憶測で証拠はない。だがいつも言っているように、ヘイニングは他にも色んな件で捏造の疑いが持たれているから、そのような言動をしてきたヘイニングが悪いと言わざるを得ない。


 さてこのA・アンダーソンの返信を受けて、パリーは次のように返信している。

マイケル・パリー
 もし、ヘイニングがアンドレ・ド・ロルドの作品を、より有名なガストン・ルルーと誤訳し、他人の翻訳を自分のペンネームにクレジットしたとしたら、それは許しがたいことだと思います。この事実を知ったとき、私はヘイニングのルルー作品集に収められているもう一つの物語、「ベルベットの襟の女」"The Woman in the Velvet Collar"の真偽について疑問を抱いた。私が知っている限り、少なくとも2つの似たような題名の物語がある。1つはワシントン・アーヴィング、もう1つはアレクサンドル・デュマ*7で、3つの物語はすべて同じ基本プロットを共有しているからだ。しかし、ルルーとされる物語のフランス語の原文を探した結果、1924年に雑誌「ル・シラノ」"Le Cyrano"に掲載されたガストン・ルルーの物語であることが確認された。(補足:つまりこれは本当にガストン・ルルーの作品で間違いなく、ヘイニングは捏造していない)


 ヘイニングの「本当のオペラ座の幽霊」はまだ手元にないが、またもや頼りない記憶を頼りに、内容は「ガストン・ルルーのベッドサイド・コンパニオン」と99%同じだと思う。特に奇妙なのは、この巻でヘイニングが4人のコレクター/ブックディーラー(ケン・チャップマン、ビル・ロフツなど)に対して「協力と情報」に対してお礼を言っている点である。彼(ヘイニング)は、この4人の紳士の誰かが、自分(ヘイニング)の欺瞞を見抜き、それを指摘することができたかもしれないことを、知っていたいたに違いない。私は、この出来事全体が不可解で、実に悲しいことだと思う。


 マイケル・パリーはA・アンダーソンとの会話で、ヘイニングが紹介していた「ベルベット襟の女」も捏造じゃないかと思った。だがこれは本物だった。そして次の会話が個人的に気なった。「ベッドサイト・コンパニオン」を編纂するにあたってヘイニングは、アレクサンダー・ピーターズという人物と、在りもしない雑誌をでっちあげた。そしてヘイニングは4人のコレクター/ブックディーラーに謝辞を送っている。この4名はヘイニングの欺瞞(嘘)を見抜くことを知っていただろうにと、パリーは述べている。つまり、この4名がなぜヘイニングの嘘を指摘する可能性があっただろうに、なぜ不正に手を染めるのかと、パリーはそのように考えていることが読み取れる。ここで私が目を引いたのが、4人の紳士の内のケン・チャップマンだ。ヘイニングの不正解説シリーズの第1回目の記事を思い出して頂きたい。


 ヘイニングの不正解説の第1回目は、吸血鬼小説「骸骨伯爵」をヘイニングが捏造したという件だ。ヘイニングによれば「骸骨伯爵」は、「カスケット」なる雑誌に収録されたもの、そしてその「カスケット」は故G・ケン・チャップマンから聞いたところによれば、とびきり劣情的な週刊三文新聞だとしてヘイニングは紹介していた。そう、ヘイニングは「骸骨伯爵」が収録された「カスケット」の説明として、G・ケン・チャップマンから聞いた知識を披露している。だが「カスケット」なる雑誌が存在しなかったことは、あの記事でも解説したとおり。だから私はケン・チャップマンは存在しないか、もしくは死んでいることを利用して、ヘイニングが嘘をついたのではないかと思うと述べた。パリーは、なぜケン・チャップマンらが、ヘイニングの嘘を指摘する可能性をヘイニングが考えないのか不可解に思っていた。だが先ほどの「カスケット」の件も考えると、他の可能性が浮上する。そう、ケン・チャップマンらもヘイニングの共謀者であり、捏造の片棒を担いでいたという疑いだ。4人の紳士が"まとも"であれば、即刻ヘイニングに苦情と訂正を申し立てるはず。だがそれをした形跡がないということは、4人とヘイニングはグルであったと考えるのが一番しっくりくる。もしくは、4人の紳士とやらもアレクサンダー・ピーターズと同じように、ヘイニングが生み出した架空の人物という線も考えられる。「骸骨伯爵」の記事で私は、チャップマンは実在しているかどうかで疑っていると述べたが、正直、それは流石にあり得ないと考えていた。だがアレクサンダー・ピーターズを捏造した件も含めて考えると、決してありえない話でなくなったのが、なんとも悲しい。


 このパリーのコメントにA・アンダーソンは、ルルーに関する件で私見を追記しているが、あまり重要でないので紹介は省く。気になる方は大本のブログのコメント欄をご覧頂きたい。だがその後、ドラキュラの作者、ブラム・ストーカーに関する捏造にまで言及しだした。ストーカーに関する捏造は、ルルーの件に勝るとも劣らない手法で捏造を行っていた。ルルーの件でもそこまでするかと思ったぐらいなのに、ストーカーの件を見たときは、もう勘弁してくれとこぼしたほどだ。

吸血鬼ドラキュラの作者・ブラム・ストーカーに関する捏造

 先程の続きから、マイケル・パリーの「私は、この出来事全体が不可解で、実に悲しいことだと思う」という発言に対して、A・アンダーソンは次のように返信している。


 まさにその通りです。なぜこんなことをしたのでしょう。ストーカーの例は特に酷い。(ヘイニングのアンソロジー)「真夜中の物語」"Midnight Tales(1990)"では、「犯罪者の星」"A Criminal Star"という物語が「1904年10月のアメリカのコリアーズ誌"Collier's Magazine"で初めて掲載された」(144頁)と主張しているが、これは単に事実ではありません。私は1903年から1909年までのコリアーズ誌に目を通しましたが、そこにはストーカーの作品は何も載ってませんでした。ヘイニングがやったのは、ストーカーの短編集「スノー・バウンド」"Snow bound"(1908年にロンドンでコリアーズから出版されたもの)からテキストを取り出し、編集して書き直したものです。

 また「真夜中の物語」では、ストーカーのヘンリー・アーヴィングのノンフィクションの伝記から引用した逸話を「真夜中の物語*8」として掲載し、それを拡大した。また「真夜中の物語」には、「死者の家の夢」と名付けた物語を掲載したが、これは実際には「ドラキュラの客」"Dracula's Guest"を書き直したものである。ヘイニングは、これを「ストーカーが小説に登場させようと意図したとおりに復元した」と奇妙な主張をしているが、これは単に事実ではない。不思議なことに、ヘイニングはこの作品集に「死者の家の夢」"The Dream in the Dead House"と書かれた口絵を添えている。これはワーウィック・レイノルズ" Warwick Reynolds"が描いたものだが、彼の署名の下には、複製前に不完全に消された「1912」という日付が微かにに読み取ることができる。つまりヘイニングは、1912年の雑誌から抜き出したイラストを、1914年まで出版されなかった物語の挿絵として提示したのだ。ヘイニングはこの物語で、彼の以前のストーカーのアンソロ集「ドラキュラの影」"Shades of Dracula"(1982)でも同様の演出をした。この巻では、「ドラキュラの客」「ワルプルギスの夜」と改題され、ヘイニングは110ページで、1914年5月の「ストーリー・テラー誌」"The Story Teller Magazine"に掲載されたと述べている。これは事実ではなく、そこにはストーカーの物語は掲載されていない。


 また、「ドラキュラの影」には「影の谷で」"In the Valley of the Shadow"という物語があるが、これは実際にヘイニングが述べているように、1907年6月の「グランド・マガジン」に掲載されているが、匿名で掲載されており、これをストーカーと結びつけたり、ストーカーのものとする理由は何もない。「ドラキュラの影」と「真夜中の物語」の両方で示されたヘイニングの記述と出典にはさらに問題があるが、以上のことから、彼が何をしていたのかがよくわかるだろう。そして、ヘイニングの他のアンソロジーをよく見れば見るほど、これらのパターンがあまりにも頻繁に見られるのである


 これまた色々とやらかしている。まずブラム・ストーカーの「犯罪者の星」という作品、これはアメリカのコリアーズ誌1904年10月号に掲載されたのが最初とヘイニングは主張したが、A・アンダーソン氏がコリアーズ誌全部を調査しても、そんな物語はなかったという。ヘイニングが紹介した「犯罪者の星」という作品は、ストーカの作品の一つ「スノー・バウンド」という短編集からテキストを抜き出して編集して書き直したものであることが判明した。スノー・バウンドの正式なタイトルは、「スノー・バウンド 劇場巡回公演の記録」"Snowbound: The Record of a Theatrical Touring Party"となり、英語wikipedia記事も存在する。「スノー・バウンド」はストーカーの短編集でwikipedia記事をみると「犯罪者の星」"A Criminal Star"が確かに収録されていたことがわかる。ストーカーの作品には違いないが、そのまま紹介すればいいのに、なぜコリアーズ誌に収録されたなどと嘘をつく必要があったのか。これも「いつもの新発見」を言いたいがために捏造に手を染めたとしか思えない。


スノー・バウンドの初版表紙


 まだまだある。ストーカーの友人であり秘書としても仕えていたヘンリー・アーヴィングの逸話を、ヘイニングは「真夜中の物語」(1990)で紹介したが、誇張したらしい。そして「死者の家の夢」という物語も掲載したのだが、これは「ドラキュラの客」を書き直したものであるという。「ドラキュラの客」とは、ストーカーがドラキュラを執筆する際、話の長さの関係から削除したもの。ストーカーの死後、夫人のフローレンス・ストーカーによって1914年に短編集として出版され、日本語訳もいくつかある。内容的には、ドラキュラの最序盤、ジョナサン・ハーカーがドラキュラ城へ向かうあたりの別バージョンみたいな話だ。「ワルプルギスの夜」に呪われた廃村を訪れ、怪異に出会う主人公は……といった内容。ヘイニングはこれを意図的に改変して「死者の家の夢」と銘打って紹介したわけだ。ヘイニングは「ストーカーが小説に登場させようと意図したとおりに復元した」などと宣っている。改変したことをはっきりと公言しているから、捏造にはあたらないだろうが、少なくともA・アンダーソンは「奇妙な主張」と断じ、ヘイニングの独りよがりであることを暗に示している。私もそう思う。


 さて「死者の家の夢」は捏造していないかと思いきや(公言して改変はしたが)、別方面で捏造をかましていた。「死者の家の夢」を掲載する際、同名の口絵も紹介した。これはワーウィック・レイノルズが描いてものであるが、1912年の雑誌から抜き出したイラストを、年数を削って掲載したものだという。わずかに「1912」という数字が読み取れるらしい。「死者の家の夢」のもととなった「ドラキュラの客」は先ほども説明したように、初掲載が1914年である。どう考えてもドラキュラの客のために書かれた口絵ではないだろう。A・アンダーソンもよく気が付いたものである。これはヘイニングが「真夜中の物語」(1990)以前に出版したアンソロ集「ドラキュラの影」(1984)でも、同様の演出をしたという。いや、もうそこまでやるかという感じだ。もちろん自分の目で確かめてはないが、A・アンダーソンだって根拠があって言っているだろうから間違いないだろう。存在しない雑誌を捏造するのはヘイニングのいつもの手口だが、まさかこんな手の込んだ捏造まで手に染めていたとは……ヘイニングは他にも捏造していたとは思っていたが、こんな挿絵の捏造までしていたとは流石に予想できなかった。ヘイニングのアンソロ「真夜中の物語」はAmazonで中古が安く売っていたので、手元に届き次第自分でも確認して続報記事を投稿しようと思う。


ヘイニングのアンソロジー「真夜中の物語」ハード・カバー版

一番下にピーター・ヘイニング編集とある


 話を戻すと、「ドラキュラの影」ではヘイニングは「ドラキュラの客」を収録したのだが、その時なぜか題名を「ワルプルギスの夜」に改変している。しかも「ストーリー・テラー誌」の1914年5月号に掲載されたと主張したが、A・アンダーソンは調査したのであろう、その雑誌のその号にストーカーの物語はないとはっきりと断言している。これも「ヘイニングのいつものやつ」だ。確かに「ドラキュラの客」はワルプルギスの夜の出来事だし、「ワルプルギスの夜でさぁ!」というセリフが度々出てくる。だが変更する必要性が感じられない。ヘイニングが題名を改変するやり口は他にも見られる。吸血鬼小説「死者を起こすことなかれ」の本当の作者が判明したという記事でも説明したことだが、ヘイニングはエルンスト・ラウパッハ作「死者を起こすことなかれ」という吸血鬼小説を、杜撰な調査からヨハン・ルートヴィヒ・ティークの作品と勘違いして自身のアンソロジーで紹介した。その時ヘイニングはなぜか「墓の花嫁」というタイトルで紹介した。「死者を起こすことなかれ」の英訳版は1800年代に2つある。1823年のものは「死者を起こすことなかれ」だけだが、1826年のものは「死者を起こすことなかれ:墓の花嫁」というタイトルになっていた。つまりヘイニングは副題をメインタイトルに据えたのだ。

「死者を起こすことなかれ」英訳版


 ご覧の通り1826年版は"Wake not the dead!"の後に "The Bride of the grave"の副題が確認できる。このように、ヘイニングはどうもマイナーな作品はタイトルを変えたがる傾向にある。その理由だが、邪推すれば、自分が新発見したということを知らしめたい、だが捏造がバレたくないので物語のテーマに関連するワードを題名にする捏造を思いついた、という心理が働いたのかもしれない。念を押すが、私個人の邪推である。だが決して的外れではないだろう。


 まだこれで終わりではない。アンソロ集「ドラキュラの影」において、ヘイニングは「影の谷で」という作品を紹介した。これをヘイニングは「グランド・マガジン」1907年6月号に掲載されたものと主張した。たしかにグランド・マガジンの当該号に「影の谷で」という作品はあるという。だが匿名であり、作者がストーカーである証拠は一切ないという。ISFDBでもストーカーの作品ではないだろうと書かれている。物語のテキストはBram stoker.orgに掲載されているが、そこでもストーカーの作品ではないだろうという注意書きがなされている。ちなみにジョセフィン・ダスカム・ベーコンというアメリカの女性作家が1903年に、全く同名の「影の谷で」"In the Valley of the Shadow"という作品を発表しているが、ストーカー作とされた1907年のものとは別物であることは確認できた参考:プロジェクト・グーテンベルク。A・アンダーソンは、「真夜中の物語」や「ドラキュラの影」にあるヘイニングの記述と出典にはさらに問題があるといい、ヘイニングの他のアンソロジーをよく見てみると、このような(捏造)パターンがあまりにも頻繁に見られると述べている。ヘイニングはもはや信用ならないとA・アンダーソンは断じてしまっている。


魔人ドラキュラのベラ・ルゴシに関する捏造ほか

 いい加減疲れてきたが、ヘイニングの捏造はまだまだある。次は「魔人ドラキュラ」で有名なベラ・ルゴシに関する捏造。これはA・アンダーソンの書き込みではなく、ジョニー・メインズという人の書き込み。ヘイニングのアンソロジー"The vampire Omnibus"に関する不正をコメントしている。"The vampire Omnibus"はヘイニング不正シリーズの第1回目、骸骨伯爵の記事で紹介した書籍だ。ヘイニングは吸血鬼小説「骸骨伯爵」を捏造して新発見したと称して"The vampire Omnibus"で紹介した。日本語訳にもされて「ヴァンパイア・コレクション」というタイトルで角川文庫から発売された。だがあまりにも作品数が多いので、「ヴァンパイア・コレクション」にはヘイニングが収録した作品全部は収録されず、未収録作品も結構ある。その未収録作品の内の一つにベラ・ルゴシの「コウモリ」"The Bat"という物語がある。このルゴシの「コウモリ」においてもヘイニングは不正を働いていた。"The vampire Omnibus"は私も持っているので確認してみると、ベラ・ルゴシの経歴を語ったあと最後に、「このコウモリは、1955年にNBCラジオにおいて、ベラ・ルゴシが朗読した物語である」と、非常に簡単な説明な説明をしている。作品の解説は本当にこれだけである。その朗読をヘイニングが文字に書き起こしたものとなる。これをジョニー・メインズさんは怪しんだ。なぜなら1955年と言えば、ルゴシが亡くなる前年であり、しかも薬物乱用で入院していた時期と重なるからである。そんな状態で、果たして収録なんて本当にできたのかという疑問が当然沸き上がる。それにメインズさんはNBCのアーカイブ、ラジオのリストなどを探したが、全く見つからなかったという。だがこの謎をケブ・デマント*9という人が見事な探偵ぶりを発揮した。「コウモリ」は「ルゴシのお化け屋敷」"Lugosi's Haunted House"という長い作品からの抜粋で「フェイマス・モンスター・オブ・フィルムランド」"Famous Monsters of Filmland"の59号(1969年1月号)に掲載されていたものだという。だが自分で調べたところ、このサイトの情報によれば1966年の37号で、どうも既に収録されていたようだ。


Famous Monsters of FilmlandFamous Monsters of Filmland
Famous Monsters of Filmland 37号と59号


 サハギンらしきものが映っているほうが37号で、オレンジ色で「ルゴシのお化け屋敷」と書かれている。どちらにせよ、1955年にNBCラジオでベラ・ルゴシが朗読したという物語は、音源が一切見つからないのは確かなようだ。いつものことだが、ヘイニングは一体どうやって手に入れたのであろうか。そんなものがあればぜひ一般公開してもらいたいところであるが、ヘイニングは既に亡くなっているからそれも叶わない。


 お次は捏造とは言い難いが、ヘイニングのいい加減さがわかる事例を紹介しよう。海外のMagia Posthumaという個人ブログ。ヘイニングのアンソロジー「ドラキュラ・スクラップブック」を読んだ感想を残している。私はヘイニングがやらかした「死者を起こすことなかれ」の作者の取り違えた件の再調査の為、ペーパーバック版を数年前に購入していた。当時は「死者よ目覚めるなかれ」をこの本で紹介しているかどうかを調べるために購入したもので、私は深くは読んでいない*10

magiaposthuma.blogspot.com


私が購入した「ドラキュラ・スクラップブック」のペーパー・バック版


 ブログ主のニールス・K・ピーターセン氏は、ドラキュラ・スクラップブックはドラキュラ100周年に便乗した本などと、のっけから文句を言っている。そしてその中でも「吸血鬼信仰リスト」"Checklist of Vampirism"の項目についてヘイニングの間違いを指摘している。ペーパーバック版なら142~146ページである。ヘイニングが紹介したハンガリーの1690年の吸血鬼事件と、モラヴィアの1731年の吸血鬼の事件、これは1731~32年の有名なメドヴェジャの吸血鬼事件のことであり、このことを知ってる人からすればどちらもセルビアで起きた事件であることは一目瞭然なのにと批判している。そして項目「ハンガリー」においては、考えられない間違いをヘイニングはやらかしている。

項目「ハンガリー(1690)」

メドレイガ公爵アルノルト・パウル*11、数年前からカッソヴァで吸血鬼に襲われていたが、死者の墓から採取した土を食べ、墓で見つけた吸血鬼の血を体に塗りつけることによって、その攻撃を止めたと言われている。しかし、その直後に公爵は事故死し、数週間後には吸血鬼の被害が各地で報告されるようになった。公爵の遺体は掘り起こされ破壊されたが、現象は続き、アルノルト・パウルは他にも合計17人の男女を吸血鬼に変えたと記録されている。


 これは俗にいうアルノルト・パウル事件の説明で、ペーター・プロゴヨヴィッチ事件と並んで紹介される実際におきた吸血鬼事件だ。ブログでは紹介していないが、上記の通りニコニコ動画で紹介している。国の公的な記録として初めて残されたという意味で最初の吸血鬼事件といえるのが、このアルノルト・パウル事件である。先ほども述べたように、この事件をハンガリーの出来事として紹介しているが、アルノルト・パウル事件は、ハンガリーでなくセルビアで起きた事件だ。カルフォルニア大学のポール・バーバー博士は「ヴァンパイアと屍体」で、パウル事件の当時の報告書を紹介しており、そこではパウルはセルビアのゴサワ近くで吸血鬼のとりつかれたことがあると書いてある。バーバーは正確に訳すことが私は関心があると前置きしているし、実際典拠は細かく引用しているからまず間違いない*12。この事件を知っている人ならまず間違いようがないが、間違える理由も理解できなくはない。パウル事件と一緒に語られることが多いペーター・プロゴヨヴィッチ事件*13もセルビアで起きた事件だが、当時の報告書ではハンガリーと記されることが多かった。当時の政情混乱が起きたせいだという*14。当時はオスマン帝国とのいざこざが多かった時代だからだろう。ともかく、こうしたことからヘイニングは、ついハンガリーと間違えたのかもしれない。ただこれがペーター事件ならまだ理解できるが、セルビアと明記されてるパウル事件をハンガリーと間違えるのは、苦しいものがある。ちょっといい加減すぎると思われても仕方がないだろう。


 だがこれ以上におかしい間違いが、アルノルト・パウルをメドレイガ公爵と紹介していることだ。これにはびっくりだ。パウルがお貴族様なんて情報、私は今までに見たことも聞いたことがない。なぜこんな間違いをしたのか、ピーターセン氏は解き明かしている。ヘイニングは「ハイドゥク」「公爵」"hajduk""High Duke"、地名の「メドヴェジャ」「メドレイガ」"Medvedja""Medreiga"として間違え、しかも地名とは思わず爵位の称号と勘違いしたのではないかとしている。wikipedia記事を見て貰えればわかるように、ハイドゥクはバルカン地方の無法者を指す言葉で、オスマン帝国との戦いで戦士を率いたり、トルコ人から略奪するなど、ロマン主義的英雄ともみなされる存在だ。そしてパウルはハイドゥクだったという情報はある。ハイドゥクとハイ・デューク(公爵)、確かに語感は似ているだろう。電話などで言葉を聞き取って書いたというのなら、この間違いはわかる。だが何らかの資料を見て書いたであろう文章で、このような間違いを犯すであろうかという疑問が浮かび上がる。ましてや捏造しまくりとはいえ、吸血鬼関連の知識はあるはずのヘイニングならパウル事件なんて常識であろうから、こんな間違いをするとはちょっと考えにくい。もしヘイニングが素で間違えたのだとしたら、ヘイニングの知識や調査手法は、かなり怪しいという結論になる。もしかしたらヘイニング以外の、吸血鬼に詳しくないゴーストライターが書いたのであろうか。そう考えないと辻褄が合わない。


 ニールセン氏ほか記事のコメント欄で、ヘイニングに関する追記のコメントがあるが、確証にかけるため、ここでは紹介しない。気になる方は実際にニールセン氏のブログをご覧頂きたい。


 それでは次のヘイニングの疑惑について。その前に皆様は都市伝説のアガルタというものをご存知だろうか。私は知らなかった。

ja.wikipedia.org en.wikipedia.org


 アガルタは19世紀から20世紀にかけて、オカルト的都市伝説として語られた、アジアのどこかにあるとされた地下都市のこと。スリランカの伝説であるとも言われる。アガルタは東洋のどこかで地下に隠れている国で、我々よりも高度な技術文明をもち、理想的な共同統治が行われているらしい。これだけでオカルトや都市伝説好きは食いつくであろう話題だ。wikipediaなどでは「アガルタ」"Agartha"と表記されるが、表記は紹介者によってまちまちで、Agartta, Agarath, Agarta, Agarttha, Agharti(アガルティ)など呼び方は様々だ。そんなアガルタに関することで、ヘイニングは捏造とまでは断定できないが、疑惑を生み出していた。それを紹介した記事がJot101氏のブログにある「セスは語る」という記事。

jot101.com


 アガルタを解説した「失われたアガルティ」"The Lost World of Agharti"という本を1982年に書いたアレック・マクレランドという人がいる。日本語訳はないが原著のkindle版はあって、日本からでも購入できる。Jot 101氏によれば、ピーター・ヘイニングのアーカイブによると、ジョン・ハンニング・リーという人物が、そのマクレランドに宛てた手紙があると解説している。但し、それをどうやって入手したのかと、jot101氏は当然の疑問を投げつけている。ヘイニングに関するjot101氏の記述はこれだけだ。まずヘイニングのアーカイブだが、具体的なことをjot101氏は述べておらず、調査してもわからった。下記のISFDBにある刊行物一覧を見る限りでは、アガルタ関連のみ取り扱った刊行物はなさそうだ。アガルタ以外の話題も取り扱った著作で述べたのではないかと思われる。

www.isfdb.org

 jot101氏を信用するとすれば、ヘイニングは手紙を入手したと言い張っているが、いったいどうやって第三者であるヘイニングが手紙を入手することなぞできたのだろうか。ヘイニングの著作が解ればもう少し調査のしようがあるが、流石に100冊以上あるヘイニングの刊行物を手当たり次第調査する気はおきない。この件に関しては以上だが、joto101氏は別記事で「いくつかのほら話」という、ヘイニングに関する記事を投稿している。内容は、ヘイニングが刊行しようと計画するも実現しなかった企画を紹介している。「フィクションが事実を上回る」「まさにスーパースターのような物語(意訳)」を提供することを出版社に持ち掛けたとか。まあ「ほら話」であるから話半分に聞いておけば良いだろう。気になる方は下記のリンクをご覧頂きたい。

jot101.com


 長々と説明してきたが、これで最後。最後はアメリカのAmazonでしか販売ページを見かけなかった"The Secret History of Cults: Bizarre Rituals and Murderous Practices Revealed"(1998)という、カルト宗教事件をまとめたヘイニングのノンフィクション。そこにあるレビューが結構辛辣だ。ヘイニングは色んな事例を紹介しているが、典拠はまともに提示していない、これ読むぐらいなら他の本を読んだ方がマシみたいなことまで書かれている。もっと辛辣なのは、この本は誤字脱字、文法も滅茶苦茶、私は英語教師だが、もし私が校長ならヘイニングの成績は"F"をつけるなどと、なんとも外国人らしい皮肉を込めたレビューを書き残している。最初見たときは思わず笑ってしまったほどだ。これもヘイニングの調査手法が信用ならないことを示す一例だろう。


 ここまでお付き合い下さりありがとうございました。非常に長くなったが、途中で切ってもややこしいかなと思い、一つの記事として紹介させて頂いた。


 今回の調査で率直に思ったことは、ヘイニングの不正って、ほんと多種多様にあるのだなということが分かったこと。前回までの記事で、ヘイニングは他にもやらかしているだろうとは思ってはいたが、実際これだけの件数を目の当たりにするとその疑惑の多さには、ただただ驚くしかなかった。そして前回までの記事の知識なら、ヘイニングの不正は、実物はあるけど作者不詳だから適当に作者をでっちあげるか、存在しないものを捏造するだけかだけだったが、まさか別の絵にある年数を削って挿絵にする捏造までするとは、もうびっくりするしかなかった。もちろん今回紹介した色々な事例は、彼の言い分にはまだ逃げ道が残されており、ヘイニングの捏造とは断定はできないものも多い。だが何度も言ってきたことだが、ここまで様々なことで、疑惑を産むような言動や真似をしてきたヘイニングが悪いと言わざるを得ない。


 今回の調査で疑問に思ったことは、ヘイニングはよくこれだけ嘘をついて正常でいられたなということだ。無名作家ならまだしも、ガストン・ルルー、ブラム・ストーカー、ホレス・ウォルポールなど有名どころまで捏造したとなると、こぞって調査されるだろうにと思う。だが彼はバレないと踏んで捏造に手を染めた。その疑問に答えるものをA・アンダーソンは、コメントに残している。


インターネットが普及する前の時代には、誰かがヘイニングの不正を一つ捕まえても、それが公表されることはなかったのです。だから、彼がどの程度の罪を犯していたかは、まだ解明されていません。


 そう、ネットがない時代ならヘイニングの不正を叫んでも、なかなか拡散しなかっただろう。ヘイニングの捏造は一見「ガバガバ」に見えるが、「ガバガバ」に見えるのも、インターネットが発達した現代だからだ。今や当時の資料が、普通にネット上でコピーがアップロードされている。しかも私のような研究者でない素人日本人でも簡単にアクセスできるのだから、尚更だろう。2000年代以前なら、当時の資料がまずどこで保管されているのか、探すところから始まっただろう。だからこそヘイニングはその隙をついて、捏造に手を染めることを考えたのだと思われる。彼のやり口はネットがなかった時代特有のものだ。ヘイニングもここまでネットが発達するとは思いもしなかっただろう。もしヘイニングがいまだ存命していれば、不正には手を染めず、きちんと典拠を示すようになっていたに違いない(そう思いたい)。ということで、今回の調査を通して明らかとなったヘイニングの不正案件は次の通り。

  • 死者よ目覚めるなかれ → 調査不足もあるが、それでも作者を意図的に取り違える
  • 骸骨伯爵 → 物語自体を捏造
  • フランケンシュタインの古塔 → 物語自体を捏造
  • スウィーニー・トッド → 実在したという証拠を見せず
  • バネ足ジャック → 実在したという証拠をみせず
  • マダレーナ → 意図的に作者を取り違える
  • クリングの吸血鬼 → 物語自体を捏造
  • M.R.ジェイムズに関する数々の嘘
  • 狼少女 → 物語自体を捏造
  • ハロウィンの誓い → 意図的に作者を取り違える
  • ガストン・ルルー関連 → 作品、掲載雑誌、人物まで捏造
  • ブラム・ストーカー関連 → 作品改変、掲載雑誌、挿絵の捏造ほか
  • ベラ・ルゴシ → ラジオでなく別の雑誌から引用して事実を歪曲
  • アレック・マクレランド → 手紙を入手したという証拠を見せず
  • カルトのノンフィクション → 典拠を示さず解説


 前回記事でも言ったが、海外掲示板で誰かがヘイニングの捏造をまとめたウェブサイトを立ち上げるべきと言っていた。海外ではまとめて紹介しているサイトは見当たらない。この私のブログが、ヘイニングの所業をまとめた最初のウェブサイトとなっただろう。日本では彼の不正はほぼ知られていないだろうから、これを機に少しでも広まればなと思う。


 1990年代までは、ヘイニングは次々と見知らぬ怪奇小説を発掘した、凄腕アンソロジストであったが、彼が亡くなった今では、彼の数々の功績はようやく疑問視されるようになってきた。もはや彼の言動はどこに嘘があるのか分からないので、全てが信用できない。彼は面白い切り口で怪奇小説を紹介したという功績もあるという声も聞かれるが、その面白い切り口とやらも、面白さ優先で適当なことを吹聴した可能性もあるんじゃないかと思ってしまう。以前も言ったが、功績があるのもわかるが、それを差し引いてももはや数々の疑惑を生み出し、挙句の果てに色んな作家の歴史を狂わせたピーター・ヘイニングという人物は、大いに批判すべき人物であるというのが私の意見だ。


 といことで今回は以上となる。これ以上の情報は見つけ出せなかったが。ヘイニングは生前100冊以上刊行物を出しているので、まだまだ余罪はあるだろう。流石にこれ以上深く調査する気力はないが。次回は、ニコニコ動画の解説動画作りに戻るので、ブログ記事はしばらくお休みとなります。ニコニコ動画解説の方も、ぜひご覧ください。


 最後に宣伝を。アルノルト・パウル事件の間違いの時に紹介した、1991年に翻訳され工作舎から発売されたポール・バーバーの「ヴァンパイアと屍体」、なんと新装版となって2022年5月26日に新たに発売されることとなった。翻訳者の野村教授によれば、ポール・バーバー博士は専攻はドイツ文学でありながら、法医学的な面から吸血鬼を調査、それをまとめて発表した「ヴァンパイアと屍体」は、民俗学者はおろか医学会からも多大な称賛を受けたという、非常に信頼のおける書物です。よく耳にする

「吸血鬼は杭で刺すと死ぬっていうけど、あたりまえじゃん」
「吸血鬼退治の杭の材質は木だろ→いやいや鉄が正しいという論争」
「吸血鬼はケシの種など、ものを数える習性がある」
「吸血鬼の弱点は火葬」

 など、こうした事例の理由を考察しあったりする場面をネット上のどこかしらで見かけることがあるが、そうした疑問に、容赦なくその理由を答えてくれる書籍である。吸血鬼退治にも科学知識が全く持っていなかった人たちが、工夫していたことが分かることだろう。これを読むと一般的な吸血鬼イメージがぶち壊れてしまうかもしれない。だが、吸血鬼に興味がある方はぜひこれを機に、ネット上に蔓延する憶測でない、学者が丁寧に調査してまとめた本当の吸血鬼解説に触れてみてはいかがでしょうか。まだまだ予約受付中なので、ぜひ購入してみてください。



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*1:元は"filler"とあり意味は「詰め物」であるのだが、いかんせんどう訳せばいいのか分からなかった。だが「雑誌・新聞などの余白を埋めるために使う短い記事」をさす「埋め草」の意であると、コメントを頂いた。詳しくは当記事のコメント欄参照。また「埋め草」についてはコトバンクの「埋め草」も参照して頂きたい。

*2:"Guy Endore" 英語wikipedia

*3:ちなみにダグラス・A・アンダーソンは、ハウスマンの”The Life of Sir Aglovale de Galis”を最高の業績と褒めたたえている。

*4:"fillers"とあるので、先ほどのフィラーと同じく、記事の隙間を埋める原稿の意味である「埋め草」の意味で使われていると思われる。

*5:red flagsは慣用句で危険信号の他、嫌な予感の意がある。参考:Googleで「red flags 意味」で検索したサイト

*6:Creeps volumeはどう訳せばよいのは分からなかったので、仕方がなしにそのまま表記した。

*7:父の大デュマなのか、息子の小デュマなのかまでは分からない

*8:ここでいう「真夜中の物語」はアンソロタイトルではなく、アンソロの中にある「序論「真夜中の物語」というヘイニングの解説を指し示しているものと思われる。

*9:ケブ・デマントなる人物が何者なのかは分からない。"moderator"と紹介しているので、テレビの司会者だと思われる。

*10:そもそも私の英語力は義務教育レベルしかない。普段はDeppl翻訳に頼り切りである。なので洋書はよほど気になるところ以外は読んでいない。

*11:アルノルト・パウルの日本語表記は媒体によってさまざまだが、私がよく見かける表記のアルノルト・パウルとした。そもそもアルノルト・パウルの名前のスペルも18世紀当時から様々で、正確な名前のスペルは不明である。

*12:ポール・バーバー著/野村美紀子・訳「ヴァンパイアと屍体」:工作舎(1991) pp.40-41

*13:ペーター・プロゴヨヴィッチも日本語表記はまちまち。ちなみに原語のスペルも複数あり、どれが正解なのかは不明なようだ。

*14:「ヴァンパイアと屍体」 pp24-25