吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

吸血鬼の形成の歴史を民間伝承と海外文学の観点から詳しく解説、日本の解説書では紹介されたことがない貴重な情報も紹介します。ニコニコ動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼」もぜひご覧ください。

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吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」を1800年作と紹介してしまったのは誰なのか【ピーター・ヘイニングの捏造疑惑⑧】

シリーズ目次(クリックで展開)吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の作者はティークではなくて別人だった!本当の作者とは!?
(ヘイニングの不正を知る前の記事)
女性作家による最初の吸血鬼小説「骸骨伯爵、あるいは女吸血鬼」が捏造作品だったことについて
古典小説「フランケンシュタインの古塔」はピーター・ヘイニングの捏造?他にもある数々の疑惑
ホレス・ウォルポールの幻の作品「マダレーナ」が、別人の作品だった
女性で最初に吸血鬼小説を書いたエリザベス・グレイという作家は存在していなかった
ドラキュラに影響を与えた作者不詳の吸血鬼小説「謎の男」の作者が判明していた
ドラキュラのブラム・ストーカー、オペラ座の怪人のガストン・ルルーに関する捏造
吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」の作者を間違えたのは、ピーター・ヘイニングではなかった?
⑧この記事

 吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」(以降、「死者を起こすことなかれ」と表記)は長年、作者はドイツのヨハン・ルートヴィヒ・ティークとされ、1800年に発表されたものだとして紹介され続けてきた。だが、本当の作者はエルンスト・ラウパッハであり、その作者を間違えた紹介したのは、英国のアンソロジスト・故ピーター・ヘイニングが1972年に出したアンソロジーが原因であることが判明していた。その件を日本においては紹介したのは2017年、私がニコニコのブロマガで投稿した記事が最初であろう*1。私がこの件を初めて知ったのは、ジョージア大学ハイド・クロフォード講師の2012年と2016年の論文であり、クロフォードの論文を紹介しつつ、私のブログで紹介させてもらった。


 2017年当時ブログで紹介した時、一つだけ不明なことがあり、それが気になって仕方がなかった。ヘイニングが「死者を起こすことなかれ」の作者を間違えたことは事実、だが彼は作品の発表年月日については、1800年作とは言ってないどころか、一切言及していない。それにもかかわらず、日本の複数の書籍で「1800年作」と紹介されている。2017年、作者取り違えの件についてブログで解説したときは、なぜ間違えたのか理由が皆目見当がつかなかったが、最近になって調査する手段が見いだせた。そして確定とはいかないが、ある程度筋の通った推測を立てることができた。しかも、日本において作者間違いが広がった原因は、ピーター・ヘイニングは関係がなさそうであるということまで判明した。ヘイニングは色々と捏造疑惑がある人物ではあるが、こと日本においては彼は無関係の可能性が高い*2。よって今回はそのあたりを解説していきたい。できれば下記の過去記事2つをご覧頂いたほうが、話の流れが分かり易いかと思います。

過去記事①(ニコニコブロマガ版とはてなブログ移行版)
site.nicovideo.jp
www.vampire-load-ruthven.com

過去記事②
www.vampire-load-ruthven.com

現状把握:これまでの経緯

 前回記事とも被るが、これまでの経緯を簡単に説明しておこう。吸血鬼小説「死者を起こすことなかれ」"Laßt die Todten ruhen"*3はドイツの多作劇作家エルンスト・ラウパッハの作品であり、1823年の「ミネルヴァ」誌に掲載されたのが最初だ。当時の現物もアーカイブ化されており、現在では下記のようにネット上で簡単に閲覧できる。


エルンスト・ラウパッハ
作者のエルンスト・ベンジャミン・サロモ・ラウパッハ
MinervaLaßt die Todten ruhen
「ミネルヴァ」誌(1823)表紙と、収録された「死者を起こすことなかれ」


ミネルヴァ誌のアーカイブリンク
babel.hathitrust.org


 1823年に発表された"Laßt die Todten ruhen"は、早くも同年に英訳され"Wake not the Dead"のタイトルで、アンソロジー「北方諸国の物語とロマンス 第一巻」"Popular Tales and Romances of the Northern Nations"に収録された。そして英訳版は3年後の1826年「恐怖の伝説」"Gothic Tales of Terror"にも収録された。この時「墓の花嫁」"The Bride of the Grave"という副題も付けられた。英訳版は双方ともに、作者名は一切明記されていない。なので作者がラウパッハであるのか、これまで間違え続けられてきたルートヴィヒ・ティークであるのか、判断できる材料はない。英訳版で唯一ティークの名前が出てくるのは、「北方諸国(1823)」の序文、「レブレットとティークは多くの美しい伝説の作者ですが~」という一文のみである。両英訳版とも、現在はアーカイブ化されており、ネット上で当時のコピーが簡単に閲覧できる。


北方諸国の物語とロマンス死者よ目覚めるなかれ
「北方諸国(1823)に収録された"Wake not the Dead"
「恐怖の伝説(1826)」に収録された"Wake not the Dead or The Bride of the Grave"


上記挿絵の拡大図 ロバート・シーモア作

参考:wikipedia記事"Wake not the Dead"


ロバート・シーモア

 上記画像の作者・ロバート・シーモア(1798~1836)。チャールズ・ディケンズの最初の小説「ピクウィック・クラブ」のイラストを描いた。そのイラストでディケンズと議論した後、自殺した。


「北方諸国(1823)」アーカイブリンク
www.google.co.jp
archive.org


「恐怖の伝説(1826)」アーカイブリンク
babel.hathitrust.org


 1900年代前半、本国ドイツでは正しい作者で紹介され書評も残されていた。だが1900年代後半、英語圏においては、作者はラウパッハではなくティークであると間違って紹介されるようになる。ジョージア大学ハイド・クロフォードは自身の論文"Ernst Benjamin Salomo Raupach's Vampire Story “Wake Not the Dead!”(2012/12/20)や、自著"The Origins of the Literary Vampire(2016)"において、イギリスのアンソロジスト、故ピーター・ヘイニングの1972年のヘイニングのアンソロジー"Great Tales of Terror"第2巻から間違いが広がったと主張した。ヘイニングはこの時、タイトルを何故か"Wake not the Dead"とはせず、1826年の副題"The Bride of the Grave"として紹介した。ヘイニングの間違いについては、京都大学・森口大地の博士論文「ドイツ語圏を中心とした初期ヴァンパイア文学史 : セルビアの事件からルスヴン卿の後継者まで」(2021/5/23)*4においても、クロフォードの論文を引用して紹介されている。


 だがヘイニングよりも5年前の1968年、Charles M. Collinsがアンソロジー"A Feast of Blood"において既に間違えていたことが判明した。アメリカの編集者ダグラス・A・アンダーソンがブログのコメントで言及している他、実はクロフォードも自著や論文の脚注を見る限りコリンズの存在は知っていたようだが、「間違えたのはコリンズが最初」とはっきりと分かる言い方はしていない。そしてクロフォードは「コリンズのアンソロジーは、引用されることがない。ヘイニングのアンソロジーは引用されることが多い」という旨の補足をしており、作者取り違えの元凶はヘイニングであることを暗に強調していた。クロフォードの本を引用した森口大地はコリンズには言及していない。森口もヘイニングが元凶と判断したのか、脚注に気が付かなかったのかまでは不明だ。詳しい経緯は前回の記事「吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」の作者を間違えたのは、ピーター・ヘイニングではなかった?」をご覧頂きたい。


ヘイニングとコリンズのアンソロ表紙


www.vampire-load-ruthven.com


なぜ日本では1800年作と広まったのか

 以上を踏まえて、次は日本で間違った説が紹介された経緯を、そしてなぜ日本においては「死者を起こすことなかれ」が1800年作として広まってしまったのか、その原因の考察を紹介していく。


 日本において"Laßt die Todten ruhen"が最初に紹介されたのは、私が知る限りという断りが付くが、歳月社の怪奇小説書誌「幻想と怪奇 第2号 吸血鬼特集」1973年7月号だろう。ここには紀田順一郎氏による「吸血鬼観念の普遍性」という記事があり、その71ページにて「ドイツ小説としては(中略)わずかにティークの『死人を起こすなかれ』が収穫であった」と紹介している。だがこの「死人を起こすなかれ」という表記紹介するものは、まず見かけない。マシュー・バンソンの"The Vampire Encyclopedia(1993)"の邦訳版「吸血鬼の事典」(1994)で、「死者よ目覚めるなかれ」と紹介されてから、このタイトルで日本では広まったものと思う。


 紀田の「死人を起こすなかれ」と、「吸血鬼の事典」の「死者よ目覚めるなかれ」、当然両者は意味合いは違う。そして意味として正しいのは「死人を起こすなかれ」であり、「吸血鬼の事典」の「死者よ目覚めるなかれ」は、不適切な邦題だ。理由だが、そもそも元のドイツ語"Laßt die Todten ruhen"を英語に直訳すれば"Let the Dead Rest"となり、ドイツ語も英語も訳は「死者を休ませよ」となり、自発的に起きるという意味ではない。第二に、"Wake not the dead"の"wake"は他動詞である。そして実際、このフレーズは作中に何度か出てくる。主人公ヴァルターは、死んだ妻を生き返らせて欲しいと魔術師に願うのだが、その時魔術師は「死者を起こすことなかれ"Wake not the dead"」と、何度か警告するのだ。再度念押しするときは「死者を起こすなかれ、彼女は死んだままにしておけ」という。その念押しにヴァルターは「この老いぼれめ!ずべこべ言わずさっさとやれ!(要約)*5と言い返すほど。そして最後、死んだ妻を生き返らせたことにより破滅を迎えたヴァルターに対して、どこからともなく声が聞こえてくる。そう「死者を起こすことなかれ」と。このように「死者を起こすことなかれ」や「死人を起こすなかれ」が、意味合い的に正しいことがわかる。死者に対して自発的に起きないように願う「死者よ目覚めるなかれ」だと、先ほどの会話が成り立たない。"wake not the dead"とは、「(生者が)死人を生き返らせるな」という警告なのだ。


 余談だが、"Laßt die Todten ruhen"は英語では"Wake not the Dead"として紹介されることが多いが、直訳の"Let the Dead Rest"で紹介するアンソロジーが海外にはある。Mike Ashley編集の"Vampires: Classic Tales(2011)"がそうで、日本のAmazonでもキンドル版が購入可能だ。このブログでは何度も紹介したダグラス・アンダーソン氏も関わっているので、興味があればぜひ。


 京都大学森口大地も自身の博士論文では、バンソンの「吸血鬼の事典」の項目からの引用では「死者よ目覚めるなかれ」としているが、それ以外では基本的に「死者を起こすなかれ」と表記している*6。このあたりからも、「死者よ目覚めるなかれ」という表記がよろしくないことが伺える。


 以上から日本では、その不適切なバンソンの邦訳「死者よ目覚めるなかれ」で、"Laßt die Todten ruhen"は認知されてきた。とはいってもマイナーな作品なので、わが国における紹介事例は数えるほどしかみかけないが。それでも「死者よ目覚めるなかれ」が一番紹介事例が多く、「死人を起こすなかれ」は絶版の書籍か論文でしか見かけない。


web.archive.org
かつてYahoo!ジオシティーズで掲載されていたサイト。現在はアーカイブのみ。「吸血鬼の事典」にある年表を紹介している。当然、「死者よ目覚めるなかれ」と表記し、1800年作としている。


crisis1983.web.fc2.com
インディーズコミックをメインに製作しているCRISISの個人サークルのサイト。こちらも1800年作「死者よ目覚めるなかれ」として紹介している。


 比較的近年に発売された吸血鬼解説本「萌え萌えヴァンパイア事典(2011)*7、「萌える!ヴァンパイア事典(2015)」*8では、双方とも「死者よ目覚めるなかれ」と表記、1800年作と紹介、参考資料にバンソンの「吸血鬼の事典」が挙げられていることが確認できた*9。TEAS事務所のツイッターでも、やはり「死者よ目覚めるなかれ」で紹介している。


 以上、提示例は少ないかもしれないが、日本においては「吸血鬼の事典」で紹介された「死者よ目覚めるなかれ」で認知されており、いずれも1800年作と紹介している。日本において1800年作と紹介している一番古い書籍は、私の調査が及ぶ限りではマシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」(1994)であり、これが1800年作という誤った初版年数が広まった一番の原因だと思われる。


収録物一覧(ISFDB)
Publication: Vampires: Classic Tales


Amazon、キンドル版
Amazon.co.jp: Vampires: Classic Tales (Dover Mystery, Detective, Ghost Stories and Other Fiction) (English Edition) 電子書籍: Ashley, Mike, Ashley, Mike: 洋書


 ということで、原因と思われるバンソンの「吸血鬼の事典」の内容を見ていこう。日本語訳も英語原著も、「死者を起こすなかれ」を紹介するページは2つあり、一つは作品解説の項目、もう一つは吸血鬼文学年表において紹介されている。下記の画像を見て貰ったほうが早いだろう。


日本語訳版「吸血鬼の事典」による紹介


英語原著版「吸血鬼の事典」による紹介


 上記画像から分かるように、日本語訳は「ティークが1800年に書いた物語」、英語原著は「ティークがドイツで1800年に書いた物語」と紹介している。以上から、日本語訳にされる際に間違えられたわけではなく、バンソンがはっきりと「1800年作」と紹介していたことが伺える。


1800年作と間違えた犯人

 次は、マシュー・バンソンはなぜ1800年と紹介したのかを見ていこう。2017年にハイド・クロフォードの論文を読んだとき、彼女は「死者を起こすことなかれ」の作者を間違えたのは、ピーター・ヘイニングの"Gothic Tales of Terror第2巻"であると主張していた。その時私は、「死者を起こすことなかれ」を日本で最初に紹介したのはバンソンの「吸血鬼の事典」だろうと思っていたので、吸血鬼の事典の参考文献を確認してみた。だがバンソンは、ヘイニングの著書4冊を参考文献として明示していたのだが、肝心の"Gothic Tales of Terror第2巻"は参考にしていなかった。参考文献一覧は、日本語版も英語版も同じ確認は取れている。文字通り信じるならば、バンソンは「死者を起こすことなかれ」を他の書籍から引用したらしい。


日本語版「吸血鬼の事典」より(英語版は頁がまたがる)


 2017年当時は困惑した。当時はヘイニングが最初に間違えたと思っていたので、ヘイニングの著書を見た誰かが更に間違え、それをバンソンが見て間違えたのだろうと思った。そしてこれ以上どうやって調査すればよいのかもわからなかった。とりあえずヘイニングの著書4冊全て確認すれば何かわかるかなと思ったが、金銭的・労力的な手間から、"The Dracula Sceapbook"のみ購入した。当然というか「死者を起こすことなかれ」の話題はなかった。他の3冊は「死者を起こすことなかれ」が収録されているかを確認するためだけに購入する気になれなかったことと、タイトル的に「死者を起こすなかれ」の話題がなさそうに思えたこと、なによりこれ以上調べるのも億劫になったということもあって、当時調査はここで打ち切った。


 バンソンは、巻末で参考資料を色々提示している。それらを調査すればということは何か糸口がつかめるはずということは、2017年時点で既に私は理解していた。だが一つ一つ調査するのは多大な労力や費用が掛かるので、これ以上の調査はあきらめていた*10。だが前回記事でも紹介したように、中島晶也様から海外のファンタジーやホラー小説のデータベースであるISFDBを別件で教えて頂いたことから、調査の糸口をつかむことができた。ISDBで「死者を起こすことなかれ」を収録されたアンソロジーをピックアップし、それとマシュー・バンソンが提示した参考資料に含まれているかを確認、バンソンがその書籍を引用していることが確認できれば、その書籍を購入して調べる。そうすれば1800年作と間違えられた要因がわかるだろうと思った。まずはISFDBによる「死者を起こすことなかれ」の収録状況は下記の通り。


"The Bride of the Grave"(墓の花嫁)
www.isfdb.org


"Wake not the Dead"(死者を起こすなかれ)
www.isfdb.org


"The Bride of Grave"の検索結果


"Wake not the Dead"の検索結果


 「吸血鬼の事典」の英語版が出版された1993年。それ以前に「死者を起こすことなかれ」を紹介したもの5名いた。"The Bride of the Grave"で紹介したのはピーター・ヘイニングのみ。一方"Wake not the Dead"で紹介した人は4名。これらの書籍をバンソンは参考にしたかどうかを調べてみると次の通り。



 バンソンが参考にしたのは、5名中3名で古い順に、チャールズ・M・コリンズの"A Feat Blood(1968)"、クリストファー・フレイリングの"The Vampyre: A Bedside Companion (1979)"、ジャンヌ・ユンソンの"The Count Dracula Book of Classic Vampire Tales(1981)"であった。フレイリングのアンソロジーはISFDBでは"The Vampyre: Lord Ruthven to Count Dracula(1978)"となっている。バンソンが見た1979年のものは翌年に出た改訂版で内容はほぼ一緒であることは、このISFDBのページで確認できた。以上、この3つの書籍を見れば何かわかるだろうと思い、それぞれ購入して確認してみた。


 まずはジャンヌ・ヤンソンから。こちらはeBayのサンプルページにたまたま目次があったので、それで確認した。



 "Wake not the Dead"を作者をティークとして紹介していた。発表年月日は目次を見る限りでは不明だ。本当は買って確認するべきだろうが、他にも色んな書籍を購入したこともあって、購入は見送った。


 お次はクリストファー・フレイリング。バンソンが見た1979年版でなく、1978年版を既に購入して手元にあった。というのも2021年9月にNHKカルチャーで、同志社大学・下楠昌哉教授による「幻想と怪奇の英文学~吸血鬼文学~」があり、同講座で紹介されていたので購入していたのだが、色々忙しくてなかなか本腰を入れて読んでいなかったものだ。


1800年代、ルートヴィヒ・ティークだとされると紹介


 私は購入してから何故すぐに読まなかったのか。フレイリングの本に重要な情報が示されていたではないか。「死者を起こすなかれ」をフレイリングは作者・ヨハン・ルートヴィヒ・ティークだとされるとし(attributed to Johann Ludwig Tieck)、発表年月日はc.1800、つまり1800年代と紹介していた。フレイリングは物語を紹介する前に簡単な解説を書いている。作者は恐らくルートヴィヒ・ティークであるという言い方をしており、あくまで確定ではないことを明確に意思表示している。そしてc.1800という表記。これはCircaは「約」「およそ」を意味するラテン語で、c.1800というのはおよそ1800年とか、1800年代という意味になる(参考:wikipedia)。解題においても、英語版は1823年の「北方諸国」に収録されたということは説明しているが、ドイツ語原著がいつ発表されたかについては一切言及していない。


 フレイリングの本を見たときはまだコリンズの書籍は手元になかった。そして、クロフォードの論文では、作者を間違えた人物はピーター・ヘイニングであるはっきり書いてあり、それは京都大学の森口の博士論文でもクロフォードの論文を引用して説明していた。だからヘイニング以前に紹介していたチャールズ・コリンズは正しい作者で紹介しているだろうから、バンソンはフレイリングの本を見て間違えたのではないだろうかとこの時点ではそう思った。だがコリンズの本が届いてから、私は驚愕することとなる。


約1800年 作者はヨハン・ルートヴィヒ・ティーク


 まさかヘイニングより前、コリンズが作者を間違えて紹介していた。これは今までに見たことがなかったのでその経緯を急遽、前回の記事で紹介させて頂いたほどだ。


 話を戻すと、ヘイニングより前に間違えていたコリンズは、作者はティークであると断言しているが、発表年月日は約1800年として紹介しており、正確な日数は知らないことが伺えた。アンソロの最初のイントロダクションでコリンズは、各々の作品について簡単に紹介しているが、「死者を起こすことなかれ」に関してはティークの作品であると断言していること、ブラム・ストーカーはティークの吸血鬼作品を見た可能性があるということ、ティークの来歴を紹介するぐらいで、発表年月日については「about 1800」以外の情報は得られなかった。


 なぜ作者がティークとして間違えられたのかについては、前回記事で散々紹介したのでそちらをご覧頂きたい。これまでに分かったことを整理したものが下記の表となる。


 こうしてみると一目瞭然だ。"Wake not the dead"が収録されたもので、マシュー・バンソンが参考にしたものは4冊中3冊、その内、発表年月日に触れたものは2冊。だがその2冊とも「1800年代」と正確な日付は分からないとしている。だというのにこれらを参考にしたバンソンは1800年と確定的な書き方をしてしまった。以上から導き出される結論は「死者を起こすことなかれ」を1800年と誤って紹介してしまったのは、バンソンが原因である可能性が高いということだ。バンソンは「about 1800」「c.1800」は見たはずだが、見落としたか勘違いをしてしまったのだろうと思う。このバンソンの「吸血鬼の事典」が日本にも伝わった結果、そのまま日本においても1800年作とされてしまい、それを引用した各書籍やサイトによって広まってしまったのだろうと推測される。


日本ではピーター・ヘイニングの影響はない?

 さて、なぜ「死者を起こすことなかれ」が1800年作として広まったかについては、分かる範囲の手掛かりから結論が出せた。そしてここでもう一つ明らかにしておきたいことがある。ジョージア大学ハイド・クロフォードは2012、2016年の論文や自著において、「死者を起こすなかれの作者が間違えて紹介されることになったのはチャールズ・コリンズの方が最初だけど、コリンズの書籍は引用されることはない。ヘイニングは引用されることが多いので、ヘイニングのせいだ」という趣旨の発言をしていることは、散々説明してきた通り。だが日本に限って言えば「死者を起こすことなかれ」の作者が間違って広まった原因は、ヘイニングは実は関係がなさそうであることも、今回の調査で見えてきた。


 理由は単純だ。日本において「死者を起こすことなかれ」を認知させたものは、マシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」でまず間違いない。だがバンソンは、クロフォードが作者間違いが広まった原因だと主張するヘイニングのアンソロジーは典拠として挙げていない、つまり見ていないと考えていい。「死者を起こすなかれ」が収録されたものでバンソンが典拠にあげたものは、コリンズとフレイリングのもの。以上を踏まえると、バンソンが間違えた情報を仕入れることになったのは、コリンズとフレイリングのアンソロジーであり、ピーター・ヘイニングは関係ないということになる。もちろん私の憶測にすぎない。マシュー・バンソン氏もその気になればメールで連絡するぐらいはできるだろうから、本気で調べるのならば、ご本人に質問してみるのが一番よいだろう。だが流石にそんなニッチすぎる内容のことを聞く気になれないが。


 以上、「死者を起こすなかれ」の作者を間違えた人はヘイニングよりも前にいたこと、なぜティークが作者として間違われてしまったのかということ、日本ではなぜ1800年作と紹介されてきたのかを、前回と今回で紹介させて頂いた。今回の調査はとっかかりであり、まだまだ調査の余地は残っている。というのも、今回はISFDBを用いて「死者を起こすことなかれ」の英訳版を収録したアンソロジーを拾い出し、それらの情報を精査しただけだ。例えば、今回調査していない吸血鬼アンソロジーに、マーヴィン・ケイ"Masterpieces of Terror and the Supernatural(1985)"がある。これは「吸血鬼の事典」の典拠一覧にはないので、バンソンは見ていないだろうが、これも本来は念の為見ておくべきだろう。実は大分前にAmazonで注文しており、この内容を見てからこの記事を投稿しようと考えていたのだが、到着が大幅に遅れておりいつ来るか分からないので、今回確認せずに記事を投稿することにした。到着次第、追記して紹介しよう。


 「死者を起こすなかれ」の作者間違いや、発表年月日の間違いの調査を行うのであれば、「吸血鬼の事典」のような、英語圏で発売された吸血鬼解説本も調査が必要だ。そうした本が沢山あるからこそ、クロフォードも「コリンズの本は引用されることはないが、ヘイニングの書籍は引用されることが多い」ことを理由として、ピーター・ヘイニング原因説を主張しているのだろう。そういった解説本を調査し、コリンズやヘイニングの影響はあるのか、もしくは正しい作者を紹介しているのかを見れば、どのように作者の取り違えが広まったのかを、より深く正確に推測することができるはずだ。現にクロフォードは「死者を起こすことなかれ」を解説した本をいくつか紹介している。それらの本は恐らく、ピーター・ヘイニングのアンソロジーを例にして紹介しているのだろう。本当は買って確かめるべきだろうが、流石にそこまでする気にはなれない。


 ただ一つだけ手元にあり確認できるものがあった。バンソン(1993)よりも後、J・ゴードン・メルトンが1994年に出版した"The Vampire Book: The Encyclopedia of the Undead"だ。これはkindle版があって日本でもすぐに購入できたこと、海外の吸血鬼解説本でよく見かける名前であること、京都大学森口大地も引用する本であったので、購入したものだ。その本においてメルトン教授は"Wake not the Dead"を紹介、解説している。実はメルトン教授は、本当の作者はエルンスト・ラウパッハであると、きちんと説明していた。クロフォード以前(2012)にも知っている人はいたという事例だろう。ましてやメルトン教授は、本業は新興宗教やカルト宗教の研究者で、吸血鬼はあくまで趣味で研究しているに過ぎない。そんな専門外の"The Vampire Book"は引用されることも多いし、海外の一般ユーザーの評価も高い。教授の他の吸血鬼解説本も「ヘイニングの解説より、メルトンの本の方が分厚くて信用できる」なんてユーザーレビューをみかけたこともある*11。信用がおける解説本と言えるだろう。なお余談であるが、メルトン教授の本業の研究の方はすこぶる悪名高く、とくに我々日本人は強烈に不快感を抱き、中には何を言ってもメルトンの吸血鬼に関する功績を認められない人も出てくるだろう。なぜならメルトン教授は、あの地下鉄サリン事件でオウム真理教が疑われて報道が過熱しているとき、オウム真理教の全額負担で来日、「オウム真理教にサリンの生産能力はない」と擁護、日本どころか世界中から批判された人物であるのだから……メルトンはアンチカルトのアンチを掲げている人で、サイエントロジー、人民寺院、エホバの証人、統一教会などは有名なカルト宗教であるが、これらはいずれもカルトではないと主張している。そうしたことから「カルト弁解者の父」の異名を持つとか。実際、サイエントロジーの日本支部のサイトには、「サイエントロジーは普通の宗教だよ(カルトじゃないよ)」と言わんがために宗教家の見解として、メルトンの言葉を載せている。興味がある方は見てみよう。


 "Wake not the dead"の英語wikipediaが、意外にも今年2022年4月末に初めて作成された。ドイツ語では以前からあったが、英語は今回が初めてだ。そこでは作者がラウパッハでなく、ティークとして間違えられた原因は、ピーター・ヘイニングのせいであると書かれており、典拠はクロフォードの論文(2012)(2016)であった。つい昨日、2022年7月4日に、ヘイニングよりも前にコリンズが間違えたことなどを私が追記した。Deeple翻訳ほぼそのままのものを書くという暴挙に近い行動ですが、それでもよければぜひご覧頂きたい。

en.wikipedia.org


 解説は以上となる。2017年以降疑問だった「なぜ『死者を起こすことなかれ』が1800年作と広まったのか」ということについて、筋の通る推測を立てることができたと自負している。なんでこんな重箱の隅をつつくような内容を紹介するのだと思われる人もいるだろうが、とにかく誰が言い出したのかが気になって気になって仕方がなかった。今回一応解決ができたことは、個人的に非常にすっきりして非常に嬉しく思う。こうして疑問に思って調査したからこそ、ヘイニングよりも前に間違えている人を発見することができ、ヘイニング犯人説に待ったをかけることができた。しかもそれはネット上では書き込みはあれど、書籍や論文では指摘している人はいない。そのネットの書き込みも工夫して検索して漸くヒットしたぐらいだ。何度も述べたが、ヘイニングは確かに色んな捏造・不正を行っているが、ヘイニング以前にも間違えてた人がいたこと、ヘイニング一人が原因ではないことは、事実としてはっきりとさせておくべきだと私は思う*12。今回こうして新たな事実を公開できて本当よかったと思う。まあ調査の過程で、もうないと思っていたヘイニングの捏造案件が、まだあることを知ったわけだが……それが有名な「リップ・ヴァン・ウィンクル」で、しかも常人なら絶対にやらないような捏造をしていたので、度肝を抜かれたのだが


 ということで、次回は新たに判明したヘイニングの捏造案件について紹介しよう。他にも、これまで解説したヘイニングの捏造に関して、新たに分かったことなども追加で紹介していきたい。


 最後に宣伝を。2022年5月末に、吸血鬼アンソロジー「吸血鬼ラスヴァン」が発売されました。これはドラキュラ以前の吸血鬼小説を集めたもの。吸血鬼ときけば今やドラキュラのようなもがスタンダードになっていますが、吸血鬼は色んな形があることがわかります。吸血鬼に興味がある方は是非読んで欲しい一品。資料的価値の高い本だと言えます。いずれ書評記事を挙げる予定です。
 またつい数日前、2022年6月30日に、東雅夫編纂「吸血鬼文学名作選」も発売されました。こちらも読みごたえの古典や現代の吸血鬼文学が目白おしです。だがそれらよりも一番見て頂きたいのは、おもいっきり私情がからみますが、編者東雅夫氏の巻末解説です。なぜなら巻末の解説において東雅夫氏が、私と当ブログを紹介してくださっているからです紹介した頂いたのは、当ブログで一番反響があった「吸血鬼という言葉を作ったのは南方熊楠ではなかった」という件についてです。まさかこうして紹介して頂けるなど、望外の喜びで震えたほどです。その経緯も近いうちに紹介したいと思いますが、ぜひこの機に手に取ってみてはいかがでしょうか。

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*1:少なくとも私以前(2017年以前)に、本当の作者を言及した人や書籍は見たことがない

*2:勿論、英語圏で作者間違いが広めることとなった元凶は、ヘイニングが主な要因だと言えるだろう。

*3:"ß"は現在使われないので近年に発売される書籍等では"Lasst die Todten ruhen"と表記される。"ß"→"ss"

*4:森口大地の博士論文は、京都大学リポジトリでは概要しか閲覧できない。本文は国立国会図書館内のPCでのみ閲覧が可能。

*5:ちなみに、「この老いぼれめ!」は直訳。クソジジイと訳してもいいそうな。

*6:京都大学 森口大地「ドイツ語圏を中心とした初期ヴァンパイア文学史 : セルビアの事件からルスヴン卿の後継者まで」(2021/5/23) pp.129-130

*7:TEAS事務所「萌え萌えヴァンパイア事典」:イーグルパブリシング(2011) p.24

*8:TEAS事務所「萌える!ヴァンパイア事典」:ホビージャパン(2015) p.26

*9:萌え萌え(2011) p.190 , 萌える(2015) p.205

*10:当然のことだが、日本の海外の出版物は輸入するしかない。闇雲に購入するのは労力的にも費用的にも、個人で行うには厳しいものがあった。

*11:もちろんそのレビューのURLは保存しておこうと思ったのだが、保存し忘れてしまった。

*12:まあヘイニングの場合、あまりにもやらかしが多すぎるので、この件で疑いが晴れたからといって、彼の信用はガタ落ちのままであるのが何とも悲しいところ。