吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

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闇の力①:アイスランド語版「吸血鬼ドラキュラ」である"Powers of Darkness"が、30年以上経てようやく真相が明らかに


 数多くあるヴァンパイア作品の中で、代表的な作品と言えば何と言っても1897年のブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」であり、それに反論する人はいないだろう。なぜなら「ドラキュラ」は個人名なのに、普通名詞の「ヴァンパイア(吸血鬼)」の意味で誤用されることもあるぐらいだし、女性形のドラキュリーナという言葉も生まれている。吸血鬼作品はドラキュラ以前にもいくつも作られてきたが、今の吸血鬼像は大体ドラキュラから始まっており、吸血鬼のスタンダードモデルとなった作品だ。


 今回は、そんな吸血鬼の代名詞となったドラキュラの、1901年に連載されたアイスランド語版と1899年に連載されたスウェーデン語版の小説「吸血鬼ドラキュラ」について紹介していきたい。この2つはブラム・ストーカーの名前で連載されておきながら、その中身は1897年の英語版オリジナルとはかけ離れていた。特にアイスランド語版は、1986年の発見当初は外国語に翻訳された最初のドラキュラであり、またストーカーが初期草稿を元にした改訂版・完全版であるとも思われ、海外の研究者やドラキュラファン界隈で当時騒然となったほどだ。


 だが先に結論を言ってしまうと、アイスランド語版はスウェーデン語版から翻訳されたものであることが、2017年に判明した。そしてそのスウェーデン語版も、原作者ブラム・ストーカーの許可を得ずに勝手に改変した海賊版である可能性が高いことが、去年2021年に発表された。1986年に発見されてから実に35年もの年月がかかってようやく去年、その全容が明らかとなった。この件は英語圏のドラキュラファンの間では一番ホットな話題と言えるだろう。だが日本では紹介するサイトは見受けられず、少数の人がツイッターで紹介するぐらいだ*1。以前はアイスランド語版に関しては紹介する記事もあったのだが、現在では削除されたようだ。ということで、今回はアイスランド語版、次回の記事でスウェーデン語版吸血鬼ドラキュラである「闇の力」について解説していく。実はニコニコ動画で既に解説済みなので、よろしければ動画の方もぜひご覧ください。



アイスランド語版ドラキュラの発見

解説前の注意:ハンス・デ・ルースの参考文献
Hans Corneel De Roos "Morkrets Makter’s Mini-Mysteries "
Bulletin of the Transilvania University of Braşov Series IV: Philology and Cultural Studies • Vol. 14(63) No. 1 – 2021

ハンス・コニール・デ・ルース「闇の力のミニ・ミステリー」
ブラショフ・トランシルヴァニア大学紀要:シリーズIV 文学・文化研究 - Vol.14(63) No.1 - 2021

 上記のデ・ルースの参考文献は2021年1月26日に発表された後、9月19日にアップデートされている。ページ表記も違う為、デ・ルース(2021/1/26)、デ・ルース(2021/9/19)とそれぞれ区別して表記する。尚、リサーチゲートに2022年アップデート版があるようだが、こちらは研究者認定を受けなければ閲覧できないので確認していない。


 まずはタイトルの説明から。小説「ドラキュラ」のタイトルだが、オリジナルの英語版では"Dracula"、日本では平井呈一が分かり易くするためか「吸血鬼ドラキュラ」として発表してから、こちらが浸透している*2。それらに対しアイスランド版は"Makt Myrkranna"(マクト・ミルクランナ)、スウェーデン版は"Mörkrets makter"(マーケッツ・マクター)と、それぞれドラキュラの名を使わずに連載された*3。どちらも英訳にすれば"Powers of Darkness"というタイトルになる、つまり日本語訳にすれば「闇の力」という、とっても中二病なタイトルになる。私も最初に知ったときは、思わず心が躍るような感覚になったほどだ。多少内容に難があっても、このタイトルだけで私は許せてしまうだろう。


 さて、以前、ドラキュラに影響を与えた吸血鬼小説「謎の男」の作者が判明したという記事で、英国のアンソロジスト、故ピーター・ヘイニングが主張したM.R.ジェイムズの数々のエピソードが、ヘイニングの嘘であることを見破ったダグラス・アンダーソンとリチャード・ダルビー氏を紹介した。参照元の掲示板ではダルビーさんはどんな人かは触れていないが、恐らく幽霊物語アンソロジーで有名な編集者兼文学研究者であるリチャード・ダルビー氏のことで間違いないだろう。そんなダルビー氏には吸血鬼関連の、ある面白い逸話がある。


リチャード・ダルビー
リチャード・ダルビー(英語wikipedia)
(1949~2017)


 ダルビー氏は英語wikipediaに記事が作られるほどの編集者兼文学研究者。特に幽霊物語のアンソロジストとして名を馳せる。16歳のときに糖尿病になり、その影響からか大学には通わず。作者ブラム・ストーカーの注釈付きドラキュラを所持していることでも有名。2017年に16歳から患った糖尿病が原因で亡くなる。彼は1970年代から、幽霊、超自然、魔術師といった物語のアンソロジーを組始めた。そして彼は、現代では忘れられた珍しい作品を発掘したことでも有名だ。これまで私の記事を見てきた方々は、英国のアンソロジスト、故ピーター・ヘイニングと経歴が被っていると思われたことだろう。ヘイニングも現代では忘れられた作品を次々と「発掘」して有名になったが、今ではその多くが彼の手による捏造だと思われていることは、このブログでも散々紹介してきた。なので、このダルビー氏の功績もヘイニングの後に聞けば、なんだか怪しいものに思えてしまう。だがダルビー氏は本当に発掘してきたようだ。(嘘をつきまくるヘイニングが異常とも言えるが……)


 そんなダルビー氏は1986年ある作品を発掘して一躍話題の人となった。その発掘したものとは、『アイスランド語版「吸血鬼ドラキュラ」に収録されていた、作者ブラム・ストーカーによる序文』だ。当然のことだが、アイスランド語版の小説ドラキュラの存在自体は、ダルビー氏が発見する以前よりその存在は認識されていた。だがそのアイスランド版には、1897年に出版されたオリジナルの英語版にはない、作者ブラム・ストーカーの序文がつけられていたことには、誰も気が付いていなかった*4。それをダルビー氏は発見、1986年に英訳して発表した。それまで国際的な研究では誰一人と気が付かなかったものをダルビー氏が発見したものだから、彼は研究者やドラキュラファンから一定の名声を得ることとなった*5。そしてアイスランド語版の内容を見ると、オリジナルから大胆に改変されており、しかもストーカーが残した初期草稿のメモからの設定ではないかと思われる個所あった。よって、ブラム・ストーカーの手による改変版ではないかと思われたことが、注目を浴びた要因だった。実際、2017年に出版されたアイスランド版の英訳版の序文において、ブラム・ストーカーの末弟の曾孫であるデイカー・ストーカーは「私の考えではアイスランド版は、ブラムによるドラキュラの別バージョンか草案版だろう」と述べていた*6。他にも、クライヴ・ブルーム、デイヴィット・J・スカルも、ドラキュラ本編からは放棄された初期の草稿版に基づいて翻訳したものであろうと主張している*7*8。このように、スウェーデン版の存在が明らかになる前までのアイスランド版は、ストーカーに手による改変版、しかも初期草稿を元にしたものではないかと、大変注目されていたことが伺える。


 ことの経緯は、アイスランド版ドラキュラ(1901)の序文に、オリジナルの1897年英語版にはない、作者ブラム・ストーカーの序文があることをリチャード・ダルビーが発見する。それをジョエル・H・エマーソンが英訳し、ダルビーは1986年の"A Bram Stoker Omnibus Edition - Dracula and The Lair of the White Worm, W Foulsham & Co, 1986"で発表して、研究者たちを中心に界隈を驚かせた。なにせ、オリジナルにない原作者による序文が、研究者が気付くことなくずっとスルーされていたわけだし、しかもストーカー関与による大胆な改変版とも思われた。そして、外国語に翻訳した最初の事例だろうともされたから、話題になるのも当然だろう。後にダルビーは“Makt Myrkranna – Power of Darkness.” Bram Stoker Journal 5 (1993): 2-8.において、その序文を再掲載している*9


A Bram Stoker Omnibus Edition - Dracula and The Lair of the White Worm


 上記はRichard Dalby's Libraryという専門販売サイトより(こんなニッチでマニアックな通販サイトがあるとは)。ダルビーの名は奥付で確認できた。


 「闇の力」は大まかに二章に分かれていて、考え抜かれたストーリー展開というよりかは、プロットの要約のように見えるので、ダルビーはストーカー原作の要約翻訳版だと考えた*10。原作と違うところは、登場人物の名前が原作から変更されていることがまず挙げられる。ジョナサン・ハーカーはトーマス・ハーカーに、ミナ・ハーカーは、ウィルマ・ハーカーに、ルーシー・ウェステンラはルーシア・ウェスタンへと、それぞれ改名された。


Jonathan Harker → Thomas Harker
Mina Harker → Wilma Harker
Lucy Westenra → Lucia Western


 原作のドラキュラは、各キャラの日記、手紙、記録の内容を連ねていくという方式で物語が進むが、アイスランド版はそれをやめて、名もない語り手が全ての行動を記述する形式になった*11。ドラキュラの扱いも元からは変更され、アイスランド人に馴染みやすくするためか、北欧神話や北欧文学にも言及しているという*12


 ダルビーが発見したストーカーの序文には、有名な切り裂きジャックの事件、つまりホワイトチャペル殺人事件に関する言及があるという。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)は、様々な漫画や小説などの創作でも扱われているから、皆様もご存知のことだろう。ドラキュラ原作を見た方ならお分かりになろうだろうが、オリジナルの英語版やその日本語訳には、切り裂きジャックを暗示させるようなシーンは当然ながら見当たらない。なので、このダルビーの主張を受けた学者の中には、1897年版のオリジナルの『ドラキュラ』の方に切り裂きジャックに関する暗示がないかどうかを調査するものも現れた。さらには、ブラム・ストーカーがいわゆるホワイトチャペル殺人事件について内部情報を持っており、犯人の名前も知っていた可能性があると推測する者もいたという*13。今の情報元は Bram Stoker's Dracula: Sucking Through the Century, 1897-1997に収録されたキャロル・デイヴィソンの"Blood brothers"から、ピーター・ヘイニングの指摘として紹介していた。そしてkindle版があったので見てみると、ヘイニングは「ドラキュラとは、ストーカーと彼の友人の親密なサークルだけが知っていた情報に基づいて、切り裂きジャックの謎を暗号化して小説化したものだという説も、アメリカで流布している」などと宣っていた*14*15。ピーター・ヘイニングは当ブログをずっと見てきた方には今更説明するまでもないだろうが、数々の捏造疑惑を生み、もはや彼の言動は信用ならない。そんなヘイニングの、都市伝説のような主張は「ヘイニングのいつものやつ」として聞き流すべきだろう。実際、切り裂きジャックの仄めかしは、最初に翻訳したエマーソンの誤訳であり、実際はテムズ川胴体殺人事件のことを指しているだろうということが、後に判明する。ヘイニングはエマーソンの誤訳に踊らされてしまったことになる。そのあたりのことは、次回のスウェーデン版の記事で詳しく説明する。


キャロル・デイヴィソンの書籍


アイスランド版の翻訳者:ヴァルディマー・アスムンドソン

Makt MyrkrannaPowers of Darkness
Fjallkonan紙に掲載されたアイスランド版ドラキュラ「闇の力」


 アイスランド語版「吸血鬼ドラキュラ」である「闇の力」(マクト・ミルクランナ)は、アイスランド首都レイキャビクの新聞社Fjallkonan(The Lady of the Mountain誌)で、1900年1月から1901年3月まで連載された*16。※ Fjallkonan:フィヤルコナン


 翻訳者はヴァルディマー・アスムンドソン"Valdimar Ásmundsson"という人物で、Fjallkonan紙で編集者を務めていたブリエット・ビャンヘリンズドッター"Bríet Bjarnhéðinsdóttir"の夫である。


ヴァルディマー・アスムンドソン
ヴァルディマー・アスムンドソン(英語wikipedia)
(1852~1902)


ブリエット・ビャンヘリンズドッター
ブリエット・ビャンヘリンズドッター(英語wikipedia)
(1856~1940)


家族写真


 妻のブリエットは、アイスランドにおいてほぼ最初期に女性解放や女性参政権の為に活動した人で、彼女自身もwikipedia記事が作られるほどに名を残した。その夫であるアスムンドソンもフェミニスト。彼はBárðardalurのHvarfで生まれ、Þistilfjörðurで育った(いずれもアイスランドの地名)*17。フィヤルコナン紙が設立するまでは、教育関係の仕事についていた。学校には行かず、デンマーク語、ドイツ語、英語、フランス語を独学で習得した。そして母国語のアイスランド語も得意で、アイルアンド語の文法に関する本を書き、それは教科書で広く使われるほどであったという*18。さらにはスウェーデン語はもちろんのこと、ノルウェー語、ラテン語、ギリシア語も独学で学んだという*19。独学ながら語学が非常に得意だったようだ。アイスランド版はスウェーデン語からの翻訳であることが判明するのだが、彼がどれだけスウェーデン語に精通していたのかまでは分からないが、それでも一定以上習得していたのではないかと思っている。アスムンドソン自身や家族の経歴については、英訳版「闇の力」特設サイトでまとめられているので、そちらをご覧頂きたい(家族に関する記事リンク アーカイブ(2018/9/4取得))。

アイスランド版ドラキュラの研究

 1986年に発見されたアイスランド版の研究だが、切り裂きジャックとの関連を調査する人の他、スカンジナビア諸国との関連を調査する人はいたが、「闇の力」全文に飛び込んで調査する人は、2014年になるまで現れなかった。アイスランド語版の全文公開は、どうもずっとされていなかったらしい。全文の公開は2011年にアスゲイル・ヨンソン"Ásgeir Jónsson"が再発見、再出版してからだという*20


 上記がそのヨンソンが出版したもので、現在絶版で海外ですら入手は困難(ISFDBによる書誌情報はこちら)。アイスランド版ドラキュラの存在が知られているのは、ダルビーが発見した序文だけだとされる。そしてこのアイスランド語全文の公開は、英語圏では全く注目されなかった。理由として、アングロサクソンと旧北欧系移民の子孫の間にある言葉の壁が、ヨンソンの功績を事実上認めなかったことが挙げられる*21。それ以前に、英語圏の研究者はアイスランド語なんて当然読めないから、わざわざ読もうとする人がいなかった。逆にアイスランドの人々は、イギリスやアメリカでのドラキュラ研究において、アイスランド版がそこまで重要であると認識していなかったようだ*22。こうした要因が重なり、アイスランド版ドラキュラを深く研究しようとする人が、なかなか現れなかったようだ。


 こうした状況の中、アイスランド版ドラキュラに踏み込んで調査し、研究結果を報告した人が現れる。その人とは、オランダの作家で文学研究者であるハンス・コニール・デ・ルース氏 "Hans Corneel de Roos"である。彼は2014年に、アイスランド版に関する調査結果をTSDの会報で報告した。


ハンス・コニール・デ・ルース
ハンス・コニール・デ・ルース氏


 TSDはトランシルヴァニア・ソサエティ・オブ・ドラキュラの略で、1990年代初頭、ルーマニアのドラキュラや吸血鬼の伝承に関心を持つ作家、研究者、観光専門家などのグループによって設立された組織。ルーマニア観光省の元職員が中心となって立ち上げたもので、1995年に第1回世界ドラキュラ会議が開催されて、多くの国から学者や愛好家が集まった。後にカナダやアメリカでも支部ができるのだが、アメリカ支部の代表者が以前何度か紹介した、J・ゴードン・メルトン教授*23。デ・ルース氏もそのTSD会員。TSDでは、ドラキュラ関係の真新しい研究成果を報告するニュースレター「ドラキュラ城からの手紙」というものを不定期に発行しているのだが、その執筆者がデ・ルース氏だ。彼はその「ドラキュラ城からの手紙」2014年2月特別号で、アイスランド版ドラキュラの研究報告をあげた。幸い、TSDのサイト"Letter News"で、現在(2022/7/15現在)もPDFで公開されている。下記リンクの"Letter From Castle Dracula, February 2014 Special Issue. MAKT MYRKRANNA: MOTHER OF ALL DRACULA MODIFICATIONS? (PDF)"から、該当のPDFが取得できる。その上にある2014年4月号"LETTER FROM CASTLE DRACULA - SPECIAL EASTER ISSUE April 18, 2014 (PDF)"は続報版である。


www.mysterious-journeys.com


 アイスランド版ドラキュラは、物語の筋がオリジナルから大幅に変更されており、もはや作り直したものと言っても過言ではないものだ。だから最大の焦点は「ブラム・ストーカーはアスムンドソンの改変にどこまで関わっていたのか、二人の間にやり取りがあったのか」という部分だろう。ストーカーは深くアイスランド版に携わっていたのか、またはある程度の改変をアスムンドソンに一任していたのか、アスムンドソンによるアイデアはどれぐらいの割合があったのか等、デ・ルースは色々と検証している。デ・ルースは、ブラム・ストーカーが、自分の『ドラキュラ』の内容を変更したことを知らされずに、同僚の作家が完全に手直しして出版することを許可したとは考えにくいとしている。多くの成功した作家と本の権利を交渉していたストーカーは、盗作やその他の著作権侵害の脅威をよく知っており、自身で独自の契約書を用意したことがあることがその理由だ*24。ブルームは、ブラム・ストーカーの妻フローレンスが、「ドラキュラ」を許可なく使用していた人々を訴えることに執着していたことから、アイスランド版はストーカーの許可を得たもの、それも「初期草稿版」を下敷きにしたとの説を支持している。実際、アスムンドソンは訴えられた形跡は見当たらない*25


フローレンス・ストーカーと映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」


 1922年に上映された映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」は、ドラキュラ原案だが著作権侵害を防ぐため、吸血鬼の名をオルロック伯爵に変えて上映された。だが結局はフローレンスに著作権侵害で訴訟され、ネガの破棄の判決が出てしまい、実際一度は破棄された。だが完全には破棄されなかったので、今日でも残ることとなった。


 ストーカーの初期草稿はメモ書きの他、ストーカーの死後、妻フローレンスが出版した「ドラキュラの客」"Dracula's Guest"という短編集がある。内容は、本編のドラキュラの第一章、ジョナサン・ハーカーがドラキュラ城に向かうお話の別バージョンと言えるような内容で、ワルプルギスの夜にドラキュラ城へ向かう途中に起きた出来事を語る内容だ。フローレンスは発表時の序文にて、「未発表のもので、元々は長さの関係で削除されたもの」と述べている*26。。長い間、この文章はドラキュラ研究者を困惑させていた。なぜなら、この文章は単純に小説の内容と合わないからである。だが、1980年代初頭にアメリカのペンシルベニア州北西部の納屋で、ストーカーが1897年の最終版に極めて近い吸血鬼小説の活字を発見され、その内容が、ドラキュラの客と同じくワルプルギスの夜の運命的な冒険について触れていたことから、ドラキュラの客は現在は本当に本編から削除されたものだとされている*27「ドラキュラの客」は次回のスウェーデン語版で関係してくるので、頭の片隅に入れておいて欲しい。


 こうした考察の他、デ・ルースは、ストーカーとアスムンドソンがやり取りしていたかどうかの証拠を探し回った。二人の人脈が被っていることはいくつも発見できたが、ついに証拠を見つけることはできなかった。それもそのはずで、アイスランド版はスウェーデン語版からの翻訳に過ぎないのだから、見つかるわけがない。だが2014年当時のデ・ルースは、そのことをまだ知らなかった。後にスウェーデン語版の存在が明らかになったとき、なんでもっと早くに調査をあきらめなかったのかと、デ・ルースは嘆いていた*28。実は2014年の時点で、デ・ルースはアスゲイル・ヨンソンから、アイスランド版のストーカーの序文は、他言語からの翻訳の痕跡があるとメールで知らされていた。それを受けて、デ・ルースのイタリア人の同僚シモーネ・ベルニが、スウェーデンや他のスカンジナビア諸国で、アイスランド版と同じドラキュラの変種がないかを探したのだが、その時は見つけ出すことができなかった*29。このあたりの経緯も、次回のスウェーデン語版で、もう一度説明する。


 アスゲイル・ヨンソンは、アイスランド版が雄弁なアスムンドソンらしくない文体であったことも、指摘している。そしてヨンソンは、1955年にノーベル文学賞を受賞したアイスランドの作家・ハルドル・ラクスネスが、アイスランド版ドラキュラである「闇の力」から、大に感銘を受けたと述べていたことも突き止めていた。ラクスネスはアスムンドソンを「20世紀初頭のアイスランド全体における最高の作家」と評価していた*30。ちなみにラクスネスの作品は、いくつか日本語訳にされている。


ハルドル・ラクスネス
ハルドル・ラクスネス(wikipedia記事)
(1902~1998)


 ノーベル文学賞受賞作家により高評価を得ていた「闇の力」だが、当然酷評もあった。1906年にベネディクト・ビョルンソン"Benedikt Björnsson (1879–1941)"が、次のように評価していた。


間違いなく、その大部分は無価値なゴミであり、時には無価値よりさらに悪い、詩や美しさがまったくなく、いかなる心理的真理からもかけ離れたものである。"Fjallkonan "では、長編の 「闇の力」をはじめ、さまざまな種類のゴミが紹介された。あの物語は書かないほうがよかったし、あのような無意味なものが文学を豊かにしたとは到底思えない。


"Nokkur orð um bókmentir vorar," in Skírnir, 1 December 1906: 344 and 346.より。デ・ルースによるアイスランド語からの翻訳*31


 なかなかの酷評っぷりだが、同時に「闇の力」はアイスランド国内にかなりの影響を与えていた。ベラ・ルゴシ主演の有名な映画「魔人ドラキュラ」が、アイスランドでは1932年、首都レイキャビクの映画館で上映された。その上映以後、"Makt Myrkranna"の名は、アイスランドでは一般的になり、それは一連の吸血鬼映画の総称となったほどだという*32。日本ではヴァンパイアの意味でドラキュラという言葉が使われることがあるが、アイスランドではマクト・ミルクランナ(闇の力)が、似たような事例になったようだ。


 こうして2014年にデ・ルースは、アイスランド版ドラキュラに関する調査報告を発表した。そのデ・ルースの発表と前後するが、1986年にダルビーが紹介した当時は、アイスランド版はドラキュラを外国語訳にした最初の事例だと思われていたが、そうでないことがデ・ルースより前に発表されていた。オリジナルのドラキュラ出版7か月後の1898年1月に出版された、ハンガリー語訳のものが最初のドラキュラの翻訳であることが判明した。当然、次回判明するスウェーデン語版よりも早い。そしてハンガリー語版はアイスランド版やスウェーデン語版とは違い、オリジナルの英語版を忠実に翻訳されたものであった。このことはハンガリーの研究者、イェノー・ファルカスが2013年に発表したのだが、最初は認められなかった。後にデ・ルースや先ほどのシモーネ・ベルニらが追従して、ファルカスの主張が正しいことが認められた。デ・ルースは「ドラキュラ城からの手紙」2016年6月夏号でハンガリー語訳の件を紹介したようだが*33、「闇の力」を紹介した2014年号とは違い、こちらはTSDのサイトでは現在公開されていない。だがデ・ルースが運営するサイトで、ハンガリー語が最初のドラキュラの翻訳であるということが紹介されており、当時のハンガリー語版ドラキュラの表紙も公開されている。


Drakula
1898年のハンガリー語版「ドラキュラ」の表紙"Drakula"


ハンガリー語ドラキュラの解説
vampvault.jimdofree.com


 こうして2014年にTSDの会報誌にて、アイスランド版ドラキュラ「闇の力」を紹介したデ・ルースは、2017年2月7日にアイスランド版ドラキュラの英訳版を発売する。デ・ルースはアイスランド語は話せなかったので、今風にクラウドソーシングにて翻訳者を募り、翻訳を行った。編集には吸血鬼研究者として有名な、ジョン・エドガー・ブラウニングの助けを借りている。本文以外にも、デ・ルース、ブラウニングによる解説と、ブラム・ストーカーの末弟の曾孫であるデイカー・ストーカーによる序文もついている。デイカーは、ブラムの弟ジョージ・ストーカーの曾孫で、現在彼がブラムの親族代表で、ブラム・ストーカーやドラキュラ関連のイベントや出版物等を取り仕切っている*34


デイカー・ストーカー
デイカー・ストーカーと彼が監修した「新ドラキュラ」


 ちなみに、彼が監修して「公式の続編」と銘打った「新ドラキュラ」は、原作をあまりにも蔑ろにする内容であった為、世界中のドラキュラファンを怒らせた*35


 アイスランド版ドラキュラの英訳版の発売は、アイスランド専門ニュースサイトで、2017年2月7日と13日に、それぞれ紹介されており、注目を浴びていたことが伺える。


2017/2/7の記事
Dracula's lost Icelandic sister novel - Iceland Monitor
アーカイブ(2020/1/16取得)


2017/2/13の記事
The Powers of Darkness: On Dracula's sister version in Iceland - Iceland Monitor
アーカイブ(2020/1/14取得)


Powers of Darkness
アイスランド版ドラキュラ「闇の力」の英訳版



 デ・ルース監修によるアイスランド語版ドラキュラ「闇の力」の英訳版は、日本のAmazonや楽天でも、ハードカバー版、電子書籍版がそれぞれ購入することができる。


 こうしてデ・ルースは「闇の力」の英訳版を、アスムンドソンによる大胆な改変版ドラキュラと銘打って2017年2月に発売したのだが、この発売からすぐに事態が急転することになる。そう、この英訳版の発売からすぐに、スウェーデン語版の存在が明らかになったからだ。その経緯は、次の記事で紹介していきたい。次回は数日後に投稿予定。参考文献は、次回のスウェーデン語版の記事でまとめて紹介する。


【お借りした素材】
・七三ゆきのアトリエ:https://nanamiyuki.com/ (最初の画像の赤いひび割れ背景)
・いらすとや:https://www.irasutoya.com/


投げ銭(支援)して頂ける方はこちらへ
www.vampire-load-ruthven.com


次の記事➡闇の力②:スウェーデン語版「ドラキュラ」である"Powers of Darkness"は、作者の許可を得なかった海賊版だったことが判明

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*1:私はSNSはツイッターしかやっていない。Facebook等も調べれば紹介している人もいるかもしれない。いずれにせよ、検索にヒットしないあたり、あまり知られていないものとして扱ってよいだろう。

*2:平井は完訳版を出す前の抄訳版では「魔人ドラキュラ」としている。ベラ・ルゴシ主演の映画の影響を受けてのことだろう。だが現在では吸血鬼ドラキュラが浸透していると言える。

*3:マクト・ミルクランナとマーケッツ・マクターの読み方の表記は、当然日本では紹介されたことがない。Google翻訳の発音を聞いてそれらしく表記した。もし違っていたり、ほかに良い表記をご存知な方はぜひご教授願います。

*4:Bloom, Clive (2017). "Dracula and the Psychic World of the East End of London". In Marius-Mircea Crișan (ed.). Dracula: An International Perspective'. New York: Springer. pp. 119–139.
※ 英語wikipedia"Powers of Darkness (Iceland)"より孫引き。

*5:デ・ルース(2021/1/26) p.67、(2021/9/19) p.1

*6: Bram Stoker, Valdimar Ásmundsson”Powers of Darkness: The Lost Version of Dracuka ”:Hans De Roos (翻訳)/The Overlook Press (2017/2/7) kindle版 No.202/4914 (以下、「アイスランド2017年英訳版」と表記。

*7:Bloom(2017) p. 124. 英語wikipia記事"Powers_of_Darkness(Iceland)"より 孫引き

*8:Skal, David (2016). Something in the Blood: The Untold Story of Bram Stoker, the Man Who Wrote Dracula. New York: Liveright. p.338
英語wikipia記事"Powers_of_Darkness
(Iceland)"より 孫引き

*9:デ・ルース(2021/1/26)p.68、(2021/9/19)pp.1-2

*10:デ・ルース(2021/1/26)p.68、(2021/9/19)pp.1-2

*11:"Powers of Darkness: The Icelandic and Possibly Lost Version of Dracula"(2017/5/31):The Gothic Wandererより アーカイブリンク(2022/2/11取得)

*12:Fleming, Colin (19 April 2017). "The Icelandic Dracula: Bram Stoker's vampire takes a second bite". The Guardian. アーカイブリンク(2019/9/6取得)

*13:デ・ルース(2021/1/26) p.68、(2021/9/19) p.2

*14:Davison, Carol Margaret. 1997. “Bloodbrothers: Dracula and Jack the Ripper.” In Bram Stoker’s Dracula – Sucking Through the Century, 1897-1997, edited by Carol Margaret Davison, p.182. Toronto: Dundurn Press.

*15:デイヴィソンは、ヘイニングの書籍から引用していることは示しているのだが[Haining4]とだけしか書いておらず、具体的な書籍名は明示していない。ヘイニングの書籍は複数引用している。「4」という数字があるので恐らく4つ目の書籍を指しているものと思われるが、流石にこれだけの情報で大本のヘイニングの書籍を辿る気にはなれない。

*16:De Roos,Hans Corneel .Letter From Castle Dracula, February 2014 Special Issue. MAKT MYRKRANNA: MOTHER OF ALL DRACULA MODIFICATIONS? (以下、デ・ルース(2014年1月号)p.5

*17:Google翻訳の発音を聞いてもよく分からなかったので、そのままアイスランド語で表記した。

*18:"Valdimar Ásmundsson" 英語wikipedia記事より

*19:"Valdimar ÁsmundSson – Translator, Publisher and Co-editor of Makt Myrkranna"
Powers of Darkness.com記事より。アーカイブ(2018/9/4取得)

*20:デ・ルース(2014年1月号)p.3

*21:デ・ルース(2014年1月号)p.3

*22:Björnsson, Anna Margrét (6 March 2017). "Icelandic version of Dracula, Makt myrkranna, turns out to be Swedish in origin".Iceland Monitor(アイスランド関連の英文記事サイト) アーカイブ(2020/1/14取得).

*23:メルトン教授の趣味の吸血鬼研究と、本業のカルト宗教や新興宗教では評価がまるで変わる人。地下鉄サリン事件の時に、オウム真理教全額負担で来日、オウムにはサリン生産能力はないと擁護したため、日本どころか、世界中から非難される。他にも今話題の旧統一教会、未だ厄介なエホバの証人も彼は「カルト宗教ではない」という。「カルト弁解者の父」の異名を持つとか。

*24:デ・ルース(2014年1月号)p.8

*25: Bloom 2017、p.122 英語wikipedia"Powers of Darkness (Iceland)"より孫引き

*26:新妻昭彦、丹治愛・編集・解説「ドラキュラ 完訳詳註版」:水声社(2000) p.468

*27:Berghorn, Rickard (2017/11). "Dracula's Way to Sweden". Weird Webzineより.アーカイブ(2022/2/18取得)

*28:デ・ルース(2021/1/26)p.71、デ・ルース(2021/9/19)p.5

*29:デ・ルース(2021/1/26) p.71、(2021/9/19) p.5

*30:デ・ルース(2014年1月号)p.12

*31:「アイスランド2017年英訳版」kindle版 Introductionより p.27 No.373/4914

*32:「アイスランド2017年英訳版」 kindle版 p.27 No.365/4914

*33:Crisan,Marius(2020/1)."Bram Stoker’s Dracula and its undead stories of translation" p.773

*34:ブラムの直系親族は、ブラムの一人息子のノエル・ストーカー、そしてそのノエルの一人娘アンがおり、彼女の子どもたちが直系の親族といえる。だが当然彼女は嫁入りしたため、子供や孫はストーカー性ではない。夫はリチャード・ドブスで、孫も複数いる。その夫は早々と死去したためアンは、ブライアン・マッコーと再婚する。ストーカー性を名乗る親族は、ブラムの末弟ジョージの曾孫であるデイカーが唯一となっている。他の兄弟の子孫は断絶してしまっている。参考サイト.

*35:そもそもデイカーは、大学に入ってから要約ドラキュラを読んだとか(参照ソース)。そのあたりの経緯もドラキュラファンの経緯を逆なでしたのだろうと思う。