吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

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切り裂きジャックは自首して逮捕されていた!?研究者すら知らなかったその犯人を本邦初公開!

前回・前々回の記事
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 前回、アイスランド語版とスウェーデン語版の吸血鬼ドラキュラである「闇の力」を解説してきた。アイスランド版もスウェーデン語も、その実態を研究したのは、吸血鬼ドラキュラの世界的な団体に所属しているオランダ人の研究者、ハンス・デ・ルース氏だ。彼は、スウェーデン語版のドラキュラは、作者の許可を得ずして勝手に改変した海賊版である可能性が高いこと、そしてアイスランド版はそのスウェーデン語版からかなり省略して翻訳したものであることを2021年にブラショフ・トランシルヴァニア大学の紀要論文として発表した。


 そんなデ・ルースは調査の途中で、ある興味深いことを突き止めていた。それはアイスランドやスウェーデンの当時の新聞を見てみると、あの切り裂きジャックが自首して逮捕されていたという報道記事を見つけていたことだ。これの何が凄いのかというと、切り裂きジャックとされた人物は何名もいるが、その逮捕されたという人物は、切り裂きジャックの研究者すら把握していなかったという事実だ。


 そんな切り裂きジャックに関して、研究者ですら知らない容疑者がいたという件は、当然日本で紹介する人は見たことがない。こんな面白い話を紹介しないというのは、なんとももったいない話だろう。ということで当ブログの吸血鬼を紹介するという趣旨からは外れるが、歴史から忘れ去られた「自首して逮捕されたという切り裂きジャック」について紹介していきたい。


 ご存知の方が大半だと思われるが、切り裂きジャックに関して簡単に紹介しておこう。切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)とは1880年から91年までイギリスを震撼させた連続殺人犯。彼が起した事件はホワイトチャペル殺人事件と呼ばれている。手口が猟奇的で、とくに最後の犠牲者とされるメアリー・ジェーン・ケリーは激しくバラバラにされ、内臓が部屋中にばらまかれていたという。彼女の遺体写真も残っており、wikipedia等で簡単に閲覧できる。当然かなりグロテスクなので注意ホワイトチャペル殺人事件のwikipedia記事では、メアリーの遺体写真を見るにはワンクッションあるが、切り裂きジャックの記事ではいきなり表示される。グロ耐性がない人は要注意。切り裂きジャックが有名になったのはその残虐性もさることながら、警察に手紙を送り挑発、それが大衆にも伝わったいうことも要因となっただろう。つまり今風に言うならば「劇場」型殺人事件であったということだ。


 そんな切り裂きジャックは、日本の創作においてもモチーフにされている。漫画「ジョジョの奇妙な冒険」第一部を始め、同人ゲーム「東方project」第6弾「東方紅魔郷」、ゲーム「アサシンクリード」「メタルギアソリッド」、小説「Fate/strange fake」など、様々な日本の創作で本人が登場、あるいはその名がモチーフとして用いられている。そんな切り裂きジャックの正体をつきとめるべく、未だに研究者により推理や調査が行われている。例えば2019年3月18には、DNA鑑定により切り裂きジャックの正体に進展があったということが、日本でもニュースサイト等でも報道された。今だ正体が不明であるということも、切り裂きジャックの魅力だと言えよう。


Nemesis of Neglect
"Nemesis of Neglect"

ジョン・テニエルが1888年に『パンチ』で発表した風刺漫画


イラストレイテド・ロンドン・ニュースの記事より

「怪しい人物を発見した自警団」(1888年10月13日)


切り裂きジャックの正体に関する憶測
トム・メリー作「切り裂きジャックの正体に関する憶測」
1889年9月21日の「パック」誌の表紙


 ということで本題に移ろう。アイスランド語版吸血鬼ドラキュラである「闇の力」"Makt Myrkranna"は、ヴァルディマー・アスムンドソンによりスウェーデン語版の「闇の力」から翻訳され、アイスランド首都レイキャビクの新聞社Fjallkonan(The Lady of the Mountain紙)で、1900年1月から1901年3月まで連載されていた。デ・ルースはその"Makt Myrkranna"の背景を調査すべく、掲載元のFjallkonan紙を調査していた。すると1899年11月11日付のFjallkonanに、なんと切り裂きジャックが自首して逮捕されたという記事があったのだ。デ・ルースの論文の趣旨はあくまで、スウェーデンやアイスランド版ドラキュラに関することだが、調査の過程で見つけたこの切り裂きジャック逮捕の記事は、ドラキュラと関係ないとはいえ、デ・ルースの興味を引いた。


切り裂きジャック逮捕
「切り裂きジャック逮捕の記事」(1899年11月11日)


デ・ルースによる英訳

Jack the Ripper found.
People will remember the many and horrific murders of women that took place in London a few years ago, apparently by the same killer, called “Jack de Ripper,” whom the police could not find. This murderer has now finally been identified. It is a physician, as suspected, by the name of Oscar Marlington. He has confessed that he has committed all these murders, and investigations have shown that he is the true “Jack the Ripper.” He suffers from attacks of mental illness. He had a young and beautiful wife, who had been unfaithful to him, and this caused him to develop a bitter hatred against all women. He had a busy doctor’s office, but sometimes disappeared for days when his fits of madness came upon him, and then he committed the murders.

– It is not certain whether he will be sentenced to death, as the murders were committed in a maniacal frenzy.


日本語訳

切り裂きジャック発見
数年前、ロンドンで起こった多くの恐ろしい女性殺人事件は、警察が見つけられなかった「切り裂きジャック」と呼ばれる同じ犯人によって行われたらしいことは、人々の記憶に残っていることだろう。この殺人事件の犯人が、今ようやく特定された。それは、オスカー・マーリントンという名の医師だと思われる。彼はこれらの殺人をすべて行ったと自白しており、調査の結果、彼こそが真の 「切り裂きジャック 」であることが判明した。彼は精神病の発作に悩まされている。若くて美しい妻がいたが、その妻に浮気され、それが原因で女性に対する激しい憎悪を抱くようになった。彼は医師として忙しい日々を送っていたが、狂気の発作が起こると何日も姿を消して、殺人を犯すこともあった。

狂気の沙汰に殺人を犯したので、死刑になるかどうかは定かでない


 内容の説明はあとにして、まずは経緯の説明から。デ・ルースによれば、この記事はどうもアスムンドソンによる記事らしい。そしてアイスランドの他の新聞記事には、オスカー・マーリントンなどという人物の名前は出てこない。この謎はデ・ルースがスウェーデン版ドラキュラの「闇の力」"Mörkrets makter"を調べているときに判明した。"Mörkrets makter"はスウェーデンの新聞Dagen紙に、1899年6月10日から1900年2月7日かけて連載されていた。そのDagenの1899年10月9日の記事がアスムンドソンの情報元であったことが判明。 その後、1899年10 月6日から14日にかけて発行された他のスウェーデンの新聞記事にも、同様に切り裂きジャック逮捕の記事があったという。


「切り裂きジャック逮捕の記事」(1899年10月9日)

Dagens Nyheter(1899年10月9日)より*1


 スウェーデンの報道紙では、オスカー・マーリントン"Oscar Marlington"なる人物が、自分が切り裂きジャックだと自白、逮捕されたと報道されている。しかも死刑にはならないのではないかとまで書いてある。デ・ルースによれば、現在の切り裂きジャックの正体に関する説に、オスカー・マーリントン"Oscar Marlington"なんて人物の名前なんて出てこないという。日本語wikipediaに「切り裂きジャックと疑われた者たち」という記事があるが、オスカー・マーリントンなる人物の名前はない。英語版の"Jack the Ripper suspects"の記事にも、当然その名は見当たらない。


以下の記事はグロ画像はないのでご安心を
ja.wikipedia.org
en.wikipedia.org


 デ・ルースはGoogleでも検索してみたが、"Oscar Marlington"なる人物の情報はなんらヒットしかなったという。私も検索してみたが、今回引用したデ・ルースの論文がヒットするだけだった。切り裂きジャックの研究者すらも知らないこのオスカー・マーリントンなる医者は、一体何者なのだろうか。そしてなぜ彼の名が忘れ去られてしまったのか、説明することはできないとデ・ルースは述べる。


 あくまでスウェーデン語版ドラキュラの解説が趣旨なので、切り裂きジャックに関するデ・ルースの紹介は以上だ。これを受けて私が気になるところを述べていこう。まず気になったことが、オスカー・マーリントンが医師であること、そして犯行の動機が具体的であることなど、具体的な人物像を報道しているなと思った。そして今でいう精神異常のせいで死刑にならないかもとあったが、当時既に、情状酌量という考え方があったということが驚きだった。


 一番気になることは、なぜスウェーデンで切り裂きジャック逮捕の記事がでたかということだ。Googleにマーリントンの名前がないということは、当時のイギリスの新聞では報道されなかったと可能性がかなり高いと思う。切り裂きジャックの事件が起きた本国イギリスでマーリントン逮捕の記事があれば、たとえそれが誤報だったとしても当時すでに大々的に報道され、現在でもその名が知られているはずである。けど切り裂きジャックの研究者すら知らず、Googleでもなんら情報がヒットしないとなると、イギリスではマーリントン逮捕の記事はなかったと見るべきだろう。


 だが、切り裂きジャック逮捕の記事がスウェーデン発の誤報とも言いきれない。前回のスウェーデン語版「闇の力」の記事でも紹介したように、当時のスウェーデンではテレグラフ紙やロンドン・ジャーナルなどのイギリスの報道紙が、毎日電信でスウェーデンの各報道機関に届いていた。当時切り裂きジャックが犯人ではないかとされたテムズ川胴体殺人事件も、少なくとも6つのスウェーデンの新聞社で報道されていたことをデ・ルースは確認している。以上を踏まえると、切り裂きジャックに関してスウェーデンの報道機関は、ある程度の情報は得ていたと考えていい。つまり切り裂きジャック逮捕の記事も、イギリスから送られた情報だったからこその報道であるとも考えられる。


 となると切り裂きジャック逮捕を報道した機関が、どれだけ信用できたということが気になる。Dagenは安価ではあるが一応きちんとした新聞であったようだ。ただそのDagenの責任者であったHarald SohlmanとDagenの一部の編集者は、タブロイド紙(低俗な報道紙)であるAftonbladetの編集も兼務していたから、そのあたりが影響した可能性があるかもしれない。だがこの切り裂きジャック逮捕の記事は、少なくとも複数のスウェーデンの報道機関で報道されたというが、それら全てが低俗なタブロイド紙ということはないだろう。つまるところ、切り裂きジャック逮捕の記事は、イギリスでも報道された誤報だったのか、スウェーデンのきちんとした報道機関による誤報だったのか、それともスウェーデンのゴシップ紙による誤報なのかは、もう少し情報を集めないことには何とも言えないだろう。一つ言えるのは、オスカー・マーリントンは切り裂きジャックなどではなく、この件は誤報であったということは間違いないことだろう。


 完全な憶測だが、このオスカー・マーリントンが切り裂きジャックだという報道は、イギリス発ではなく、スウェーデン独自の誤報ではないかと思う。恐らくオスカー・マーリントンは何か別の事件の犯人だったのに、切り裂きジャックと間違われてしまったのではないか。勿論根拠はない。ただ仮にスウェーデン独自の誤報だと仮定すると、なぜ毎日イギリスの報道紙を取り寄せていたスウェーデンの報道機関が、そのような間違いを犯してしまったのかという新たな疑問が、当然浮かび上がる。


 いずれにせよ、オスカー・マーリントンなる人物が一体何者であったのかは、当時のイギリス・スウェーデンの報道紙を調査しなければ何も始まらない。それもきちんとしら新聞社からタブロイド紙まで、その全てを調査が必要なのは言うまでもない。勿論同時に、スウェーデン周辺の他のスカンジナビア諸国の報道紙も調べていく必要があるだろう。となると、イギリスやスウェーデンの切り裂きジャック研究者がこの件に興味を持ってもらい、その上で当時の新聞等を調べて貰わなければならないが、その望みは薄いだろう。なにせ、現在残された証拠品に残された血などからDNA鑑定する方が、よっぽど真相に近づける。なのに明らかに誤報と思われるオスカー・マーリントンを調査するなど、労力の無駄であることは素人目にもわかる。しかも最初の情報発信は、ドラキュラに関する論文であくまで副次的に紹介しているに過ぎず、未だに切り裂きジャックの研究者が知らない可能性もある。この件の真相が明らかになることは、期待できないだろう。


 以上、切り裂きジャックの新たな容疑者の解説となる。これ以上真相解明が望めそうになく、非常に煮え切らない話となって申し訳ないく思う。だが、切り裂きジャックに新たな容疑者が生まれたという事実だけでも多くの人に興味を持ってもらえる思ったこと、そしてこんな面白い情報を私一人だけが抱えていても仕方がないと思い、今回紹介させて頂いた。この件は既にニコニコ動画でも紹介しているので、よろしければそちらもご覧頂きたい。そして今回の参考文献も紹介しておくので、興味がある方はぜひそちらもご覧ください。



参考文献

デ・ルースによる瑞典語版ドラキュラに関する論文:リンク複数あり
Hans Corneel De Roos "Morkrets Makter’s Mini-Mysteries "
Bulletin of the Transilvania University of Braşov Series IV: Philology and Cultural Studies • Vol. 14(63) No. 1 – 2021

ハンス・デ・ルース「『闇の力』のミニ・ミステリー」
ブラショフ・トランシルヴァニア大学紀要・シリーズIV 文学・文化研究 - Vol.14(63) 特集(2021)


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 今回のオスカー・マーリントンが切り裂きジャックであったということ関することは、2021/1/26版は82~84ページ、2021/9/19版は15~17ページが該当する。



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*1:スウェーデン語版ドラキュラはDagenに連載されていたが、このニュース記事は[Dagens Nyheter(ダーゲンス・ニュヘテル)](https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%98%E3%83%86%E3%83%AB)のものでただのDagenとは別の報道機関の模様。だが詳しいことをデ・ルースは説明していないので何が正しいのかは判然しない。

*2:リサーチゲートは登録の際、自分の研究成果も登録しなければ他の論文を閲覧することができない。私は昔登録しようとしたが、その研究成果の登録で躓き、登録できなかった。研究室に在籍している大学生などであれば閲覧が可能だと思われる。