吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

吸血鬼の形成の歴史を民間伝承と海外文学の観点から詳しく解説、日本の解説書では紹介されたことがない貴重な情報も紹介します。ニコニコ動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼」もぜひご覧ください。

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ヴァンパイアは吸血鬼以外にも『落とし穴』という意味があった!?【ヴァンパイアの訳語の歴史⑥】

【目 次】
『吸血鬼』という和製漢語を生み出したのは南方熊楠…という説が覆った!
英語ヴァンパイアの最初の翻訳は「吸血鬼」ではなくて『蛭』だった! 
『吸血鬼』は和製漢語で中国へ伝来した!
吸血鬼は『吸血魔』とも呼ばれていた!日本の『鬼』とは関係がない?
戦前の日本で吸血鬼といえば『女吸血鬼』が主流だった?
芥川龍之介に英語を教えた先生は、吸血鬼にも詳しかった!?
⑥この記事
 番外編:「怪物」が『フランケンシュタイン』に変わったのは何時?
⑦ "vampire"の訳語の変異まとめ【最終記事】
日本における吸血鬼ヴィジュアルイメージはどのように定着していったのか:当ブログ記事を参考にした卒業論文が作られました

 前回の記事からの続きです。前回の記事を見たという前提で話が進みます。今回も烏山奏春氏ドロップボックスで公開した「vampire訳一覧.pdf」から解説していきますので、併せて奏春氏のPDFの方もご覧ください。またこの記事は、動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼第13話」で先行して紹介した内容となります。動画では一部誤った解説をしているので、それらの訂正もしたものとなります。

奏春氏のドロップボックスの現在の公開先はこちら(2019年4月18日)

【前 提】

Vampaire(ヴァンパイア)=英語で吸血鬼の意味

ドラキュラ=ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」に登場する吸血鬼。     つまりドラキュラ伯爵という個人を表し、決して吸血鬼全体を示す一般名詞でない。ここでは混同を避けるために厳密に使い分ける


 1918年『熟語本位英和中辭典』には”vampire”の第一義として

「夜間墓場より出て眠れる人の血を吸ふ(といわれる)死霊、吸血鬼」とある。

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 吸血鬼より先に、夜中血を吸いにくる死霊を紹介している。これも発端となる記事前回の記事で解説したように、民間伝承の吸血鬼は、幽霊状態で夜中に血を吸いに来るとされていた。当時の欧州の魂の考え方は非常に多種多様で、死後40日間だけ活動するというのもあれば、死後40日経ってから活動を開始するもの、40日経過したら退治できなくなる※1など、とてもまとめきれるものではない。また魂も、人は2魂持ってて、死んだらもう1魂が来るとか、夢の中で出会った知り合いは、1つの魂が起きて夜中に来たとか、悪霊が死体に取り付いて血を吸うといったバリエーションもある。吸血鬼退治において杭刺しが有名だが、杭の木材の材質も地域ごとによって違う。鉄釘が主流だった地域もある。このように東欧に伝わる民間伝承の吸血鬼は地域ごとに細かく違うので、どれが主流であったかを論じるのはナンセンスというもの※2。だが基本的な特徴として、民間伝承における吸血鬼は「夜中に夢の中に現れて、胸の血を吸う」という伝承が出来た。吸血鬼と疑われた人物の死体がなくても、「魂の状態で吸いに来た」とすら思われることもあった。このあたりは詳しい解説はゆっくりと学ぶ吸血鬼第4話と第5話、第8話を参照。もしくは民間伝承の吸血鬼を科学・法医学・考古学の観点から検証して解明を試みたポール・バーバー・著「ヴァンパイアと屍体」を参照されたし。ヴァンパイアと屍体は、吸血鬼の夢を容赦なくぶち壊すものであるが、なぜ杭を使ったのか、吸血鬼がものを数える発端、流水が渡れない理由を明確に答えてくれている本である。吸血鬼の弱点を「本当に解明してみたい」と思う人はぜひ見てほしい。ともかく民間伝承の吸血鬼は「血を吸いに来る死霊」とされていた。


※1 この40日という数字はキリスト教における四旬斎(カトリックでは四旬節)が関係している。キリスト教に限らず、ユダヤ教やイスラム教、つまりアブラハムの宗教に共通する聖なる準備期間を表す数字である。
※2 私見になるがネット上の議論を見ていると、「吸血鬼は木材の杭じゃなくて鉄釘で退治するのが本当の伝承」だとか、「杭の材質は〇〇が主流」なんて議論を目の当たりにしたことがある。実際は地域ごとに違っており、どれも正しい。これは吸血鬼の弱点についても同様である。川に住む吸血鬼なんてものも存在している。詳細は「ヴァンパイアと屍体」やマシュー・バンソン著「吸血鬼の事典」を読んでいただきたい。

 

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 1918年 『熟語本位英和中辭典』には次のような訳語も掲載している。

芝居の舞台ににわかに出入りするに用いる落とし戸

 ”Vampire”の意味に、芝居で使う落とし穴という意味があるとしている。なぜヴァンパイアが落とし穴なのか。一見なんら関係がなさそうに見えるが、実は吸血鬼と芝居に使う落とし穴は非常に関係が深いのである。それはこの解説シリーズで幾度となく名前を出してきた1819年ジョン・ポリドリの小説『吸血鬼』が発端である。ポリドリの吸血鬼はいまや一般的な吸血鬼の特徴となった、貴族服を纏っている、男すらをも魅了する美貌、美女の生き血を好む、首筋から血を吸う、単純な力に優れているという設定を生み出し吸血鬼のプロトタイプとなった、最初の吸血鬼小説とされている作品である。ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」もこのポリドリの『吸血鬼』の亜流でしかない。ポリドリの吸血鬼が生まれたのは1816年の『ディオダディ荘の怪奇談義』と呼ばれる一夜がきっかけであり、メンバーの一人メアリ・シェリーは怪物『フランケンシュタイン』を生みだした。吸血鬼とフランケンシュタインが生まれた、歴史的一夜である。

 そのポリドリの『吸血鬼』はイギリスで出版後、たった1年で6版も重版がかかるほどのベストセラーになる。ポリドリの吸血鬼が流行した要因はいろいろあるが、そのうちの一つの原因として作中に出てくる吸血鬼ルスヴン卿が、どうみてもポリドリが仕えていた天才詩人、バイロン卿としか思えない人物像であり、出版社の陰謀もあってバイロン作として発表されたからだ。バイロンは当時イギリスで一番モテた美男子。女好きであったが、彼はとくに美少年も愛するバイセクシュアルだった。ポリドリとは同性の愛人であったという説もある。そして作中のバイロン卿の特徴は色白の美形で、男すらをも魅了するバイセクシュアルな雰囲気がある。この程度の描写しかないが、これがかえって読者の創造を膨らませることになり、吸血鬼ルスヴンのモデルはバイロンであると思われた(ほかにも要因はあるが、割愛する)。

 そんなポリドリの『吸血鬼』だが、翌年1820年には早くもフランスへと渡り、フランスでもベストセラーとなる。なかでも幻想文学の祖とされ、フランスにゲーテを紹介したことで有名なシャルル・ノディエがいち早く書評を書き、勝手に続編と銘打った小説まで書いた。そしてノディエは1820年にポリドリの吸血鬼を題材として、吸血鬼の演劇の脚本を手掛けた。これはノディエの意に沿わぬものであったが、フランスでは連日連夜の満員御礼の大ヒットとなる。そして劇中の小唄はパリ中の小路でくちずさまれたという。この劇をきっかけに1820年内では少なくとも6本の劇が作られた。フランスの吸血鬼の演劇の人気は高まり、当時の批評家が「パリの劇場という劇場が吸血鬼づくめだ!」というほど吸血鬼人気は過熱した。このノディエの劇は後にあの大デュマがリメイクしたほどで、その劇の様子を描いた絵も残っている。ノディエの劇はドイツにもわたり、そこからハインリヒ・マルシュナー作曲のオペラ『吸血鬼』が作られ、これも当時のドイツでは話題になった。このオペラは後にハンス・プフィッツナーにより改稿され、今なお演じられている。マルシュナーのオペラはyoutubeにいくつかあるので、興味があればぜひ見ていただきたい。とくにイカれたやつ我が国日本をモチーフとしたものは一度ぜひ見てほしい。


 1819年、イギリスのジョン・ポリドリの『吸血鬼』は1820年にフランスへと渡り、ノディエの劇によってフランスに一大吸血鬼ムーブメントが訪れる。そんなノディエの劇はその年のうちにイギリスへと逆輸入される。イギリスではノディエの劇からさらに脚色される。翻案したのは、英国の劇作家・古美術研究家のジェイムズ・ロビンソン・プランシェという人物。彼は、舞台衣装やセットに歴史的な正確さを追求するなど、演劇界に数々の革新をもたらした人だ。このプランシェによる『島の花嫁』という劇は1820年8月9日、イングリッシュ・オペラ・ハウス劇場、後のライシアム劇場で初演された。

 この『島の花嫁』が及ぼした影響は数多にのぼる。この劇が上演された劇場ではいずれも一部6ペンスで買える劇のノベライゼーションが販売されていた。これはタイアップ出版のはしりであろうと言われている。そしてこのノベライゼーションは実は日本語訳されており、ピーター・へイニングの「ヴァンパイア・コレクション」にて読める。ちなみに当時のタイトルページには『島の花嫁 有名な吸血鬼伝説に基づく物語 バイロン卿作』『バイロン卿による吸血鬼の描写』などとあり、ここでもバイロン卿が作った作品と思わせようとする出版社の魂胆が見えてくる。

 2つ目の影響。それは演劇の発展にも大いに影響を与えており、それが今回の主題である「vampire=落とし穴の意」につながるものである。実はこの劇、吸血鬼役の俳優が一筋の煙とともに一瞬にして消えるという演出がなされたからだ。なのでぼんやり観劇している観客を驚愕させたという。仕組みはいたって単純なもので、ゴムで止めた跳ね蓋が開くことによって、下に落ちるだけ。下にはクッション材として毛布が敷き詰められていた。これは舞台装置のさきがけで、当時としては非常に画期的であった。こうしてこの仕掛けはヴァンパイア・トラップ(吸血鬼の落とし穴)と呼ばれるようになる。これはマシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」や、クリストファー・フレイニング「悪夢の世界」など、複数の吸血鬼解説本で見かける。


以上までの解説の参考文献
吸血鬼幻想」:種村季弘/河出文庫/1983
「吸血鬼の事典」:マシュー・バンソン/青土社/1994
「悪夢の世界」:クリストファー・フレイニング/東洋書林/1998
「ヴァンパイア・コレクション」:ピーター・へイニング/角川文庫/1999

 そう、日本の英和辞典で”vampire”の意味に落とし穴とあるのは、このプランシェの演劇『島の花嫁』から始まったヴァンパイア・トラップのことを指しているのは間違いない。英和辞典ではなぜ「トラップ」の文字が消えたのかは分からないが、業界用語としてヴァンパイアだけでも通じるようになったのかもしれない。とにかく”vampire”という英語は吸血鬼だけではなくて、吸血鬼がきかっけで生まれた演劇における「奈落に落とす」という演出の専門用語となったというわけである。

1925年の『井上英和大辞典』にも「【劇】切穴、すっぽん」と紹介しているのが伺える。

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 そして現在、goo辞書で検索できる小学館プログレッシブ英和中辞典の第5義に、《演劇》(舞台の)落とし戸,はね落とし(vampire trap)とあるので、”vampire”は今なお、劇における落とし穴の意が含まれていることが伺える。

 以上見てきたように、一口に”vampire”といっても吸血鬼以外の意味があることが伺える。死霊、吸血鬼、他人の利益を貪る者、妖婦、劇における落とし穴…なぜこれらがそのような意味を持つようになったのかを一つ一つを調べていけば、全ては吸血鬼に絡んでおり、吸血鬼の歴史を紐解くことになるのが何とも面白い。

 今回はここまでだが、プランシェの『島の花嫁』にはもう一つ面白いエピソードがある。ここで紹介しようと思ったが、別個の記事を作成することにした。次回は話は逸れてしまうが、番外編としてそのエピソードを紹介する。

ここまで長い記事をご覧いただきましてありがとうございました。

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この記事を先行して紹介した動画

この記事は2018年10月15日にブロマガに投稿したものを移転させた記事です。
下は元記事のアーカイブ。

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