吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

吸血鬼の形成の歴史を民間伝承と海外文学の観点から詳しく解説、日本の解説書では紹介されたことがない貴重な情報も紹介します。ニコニコ動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼」もぜひご覧ください。

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英語ヴァンパイアの最初の翻訳は「吸血鬼」ではなくて『蛭』だった!【ヴァンパイアの訳語の歴史①】

【目 次】

『吸血鬼』という和製漢語を生み出したのは南方熊楠…という説が覆った!
①この記事
『吸血鬼』は和製漢語で中国へ伝来した!
吸血鬼は『吸血魔』とも呼ばれていた!日本の『鬼』とは関係がない?
戦前の日本で吸血鬼といえば『女吸血鬼』が主流だった?
芥川龍之介に英語を教えた先生は、吸血鬼にも詳しかった!?
ヴァンパイアは吸血鬼以外にも『落とし穴』という意味があった!?
 番外編:「怪物」が『フランケンシュタイン』に変わったのは何時?
⑦ "vampire"の訳語の変異まとめ【最終記事】
日本における吸血鬼ヴィジュアルイメージはどのように定着していったのか:当ブログ記事を参考にした卒業論文が作られました


 前回紹介した「『吸血鬼』という和製漢語を生み出したのは南方熊楠…という説が覆った!プロの評論家からのお墨付きも頂きました」という記事では、妖怪関係のゆっくり解説者の烏山奏春氏の調査により、それまで有力視されていた「吸血鬼という和製漢語を作り出したのは南方熊楠だった」という説が覆ったことを解説した。しかも「南方熊楠造語説」を最初に提唱した文芸評論家・東雅夫先生自ら「新発見である」とのお墨付きを、ツイッターより頂くことができた。新発見もさることながら、東雅夫先生が自ら自分の説が覆ったことを認めて下さったものだが、前回のブロマガや先行して紹介した動画でも大いに反響があった。

 さて前回の記事の最後でも述べたが、私は吸血鬼の解説動画を作っているという立場でありながら「吸血鬼という和製漢語を作ったのは、南方熊楠ではなかった」という事実だけで満足してしまった。だがゆっくり解説仲間である烏山奏春氏はあれ以来興味を覚えて、吸血鬼という単語の造語の更なる起源を追い求めて調査された。前回の記事では、戦前の英単語の翻訳を見る場合は、国立国会図書館デジタルコレクションにある当時の事典・辞書を見るのも有効であると解説した。それを駆使し奏春氏は、実に100以上もの事典を調査された。そしてその調査結果と考察をPDF化し、ドロップボックスにて公開された。

 吸血鬼解説をしている身からすれば、前回の件だけで満足してしまったことに大いに反省させられる次第である。

 奏春氏の調査結果は年代順に一覧になっており考察もついているので、それを見れば”vampaire”という単語の日本語訳の変異が一目瞭然になる。奏春氏が公開したものには考察がついているが、吸血鬼解説者の私が個人的に興味を覚えたこと、おもしろいと感じたこと、奏春氏が触れていないことをなどを、項目ごとに補足解説していきたい。なるべく年代の古い順に解説していくが、どうしても前後することはご容赦頂きたい。かなり長くなるので、数回にわたって連載していく。(連載期間は不定期。だがすでに原稿は出来ている。)

 ということでまずは、烏山奏春氏の調査結果をご覧頂きたい。その方が理解がより深まるだろう。特にこの記事をPCで見ているときは、「vampire訳一覧.pdf」も交互に見ていくと理解し易いだろう。

烏山奏春氏のドロップボックスへ

上記URLでの公開停止。
現在はこちらで再掲しております(2019年4月18日現在)

【解説の前に】

Vampaire(ヴァンパイア)=英語で吸血鬼の意味。

ドラキュラ=ブラム・ストーカーの小説「吸血鬼ドラキュラ」に登場する吸血鬼。

つまりドラキュラ伯爵という個人を表し、決して吸血鬼全体を示す一般名詞ではない
よく吸血鬼の意味で使う人がいるが、本当は誤り。この記事では区別しないとややこしくなるので厳密に使い分けていく

 西欧の吸血鬼事件である、ペーター・プロゴヨヴィッチ事件アルノルト・パウル事件から始まる一連の吸血鬼大論争についてだが、今回の解説シリーズではどうしても触れていかざるを得ない。一応、記事中には最低限の解説はしている。

 もしもっと知りたい方はこちらのサイトを見るか(目が痛くなる)もしくは拙作動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼第7話、7.5話」をも視聴して頂きたい。


以下、本文中のリンク先は各事典の掲載先だったり、wikipedia記事など。

 さて日本における最初の英和辞典は、1814年(文化11年)刊行の「諳厄利亜語林大成(あんげりあんごりんたいせい)」というもの。wikipedia記事によると、文化5年(1808年)のフェートン号事件に衝撃を受けた幕府はイギリス研究の必要性を痛感し、オランダ語通詞らに英語習得を命じ編纂させたもの。これが日本で最初の英和辞典である。その最初の英和事典には英語vampaie”の見出し語は無い。これは国文学研究資料館のサイトで閲覧が可能。

 では"vamapire"の見出し語が確認できる最古のものはどれか。それは安政4年1857年に弘前で出版された「蕃語象胥(ばんごしょうしゅ)」である。(実際の画像直リンク)


 vampireではなくvampyre「i」ではなくて「y」を使っている。私の動画7話で解説したが、英語の"vampire"という単語は比較的近年にできたものだ。セルビア※1で起きた1725年ペーター・プロゴヨヴィッチ事件1727~1728、1731年におきたアルノルト・パウル事件※2により、それまで西欧では知られていなかった「ヴァンパイア」という存在※3が話題となった。これにより西欧では、科学者、聖職者、啓蒙思想家のヴォルテールルソー、最終的には当時のローマ教皇ベネディクト14世までをも巻き込んで、吸血鬼が存在するか否かを論じる吸血鬼大論争が勃発する。オックスフォード英語辞典(OED)の解説によれば、”vampaireという単語が英語に入ったのは「1734年」※4である”としている。この英語vampireが知られた時期だが表記が定まっておらず、”vampire””vampyre”と2種類の表記が存在していた。今では前者が正しい表記だが、マシュー・バンソン「吸血鬼の事典」P38によれば、「y」表記の方が暗い余韻を残しているそうで、今でも特別、あるいは強力な吸血鬼を表すのにも使われているとか。実際PS4のゲームに「vampyr」というものがある。

 奏春さんの調査によるとこの「蕃語象胥」は 1854年Gouda『Kramers: Woordentolk verkort』の筆記体の整版で翻刻した、オランダ語の外来語辞典※5らしいとのことだ。Gouda(ゴウダ)は地名で、Kramersはクラーマスという人の名前のようだ。著者名の葛拉黙兒私は、クラーマスを無理やり漢字に当てはめたものと思われる。先行の動画では勘違いしてしまったが、オランダ語経由であり決して蘭学の本ではないことに注意。現状、この蕃語象胥が日本で確認できる最古vampyre(vampire)である。


※1 当時の記録ではハンガリーと記録されていた。なのでハンガリーと紹介する本もある。
※2 アルノルト・パウルの死没日も文献によってバラバラ。
※3 1600年代終わりには吸血鬼の存在は西欧でも流れていた。だが大々的に報じられるようになったのは1732年。
※4 1732年にも使用例があるのでOEDの1734年説は根拠が不明。詳しくはこちらの記事で

※5 この本はオランダ語であるが、vampireという単語は比較的新しくできた単語(1732 or 1734)であるので、欧州諸国の言語ではだいたい形が似通っている。

 日本最古の事典にはvampireの見出し語はなかった。ではいつから見られるようになるのか。それは前回の記事でも紹介した、堀達之介らによる「英和対訳袖珍辞書(えいわたいやくしゅうちんじしょ)」である。Wikipediaの解説では、最古の英和辞典・諳厄利亜語林大成が不十分であったがために作られたものとある。前回の記事では1866年、慶応元年のものを紹介した。だがその後の奏春氏の調査により、早稲田大学古典籍総合データベースに、いろんな年代の版の画像が掲載されていることが分かった。



画像の直リンク先

 初版本となる1862年文化11年版では、vampire「蛭」と訳されていた。今日、創作における吸血鬼は大体が貴族服をまとった高貴な、それもかなり高位の存在として設定されることが多いが、現状最古のvampireの翻訳は、吸血動物の蛭であったのだ。さてこの蛭と翻訳は誤訳であるのか。実はそうでもない。

 この英和対訳袖珍辞書は江戸幕府の通詞(翻訳者のこと)であった堀達之助ら複数名によって翻訳された。そして翻訳の際底本としたのはH. Picard著『A New Dictionary of the English and Dutch Languages』であり、日本語だと『新ポケット英蘭辞典』と訳されている。この辞書のオランダ語部分を和訳する方法によって編纂が進められたと英和対訳袖珍辞書のウィキペディアにはある。

 そして奏春氏の調査によると「新ポケット英蘭辞典」には、1843年の初版と1857年の改訂版があるようだが、ヴァンパイアの単語が確認できたのは1857年の改訂版だった。



 少々見づらいが「Vampire, s.bloedzuiger (soort van bleermuis)」とある。そして堀らはオランダ語を日本語に訳す際には『和蘭字彙』などを参照したと考えられているが、この辞書でbloedzuigerを引くと「蛭」と訳されている。

 以上から堀たちは、1857年版の新ポケット英蘭辞典を読み和蘭字彙を参照して、vampireの訳語に蛭と当てて、英和対訳袖珍辞書に掲載したということになる。ということで参照元の新ポケット英蘭辞典が、”vampire”は「蛭」であるとしていた。それではなぜ新ポケット英蘭辞典は「蛭」としたのか。これは吸血鬼の歴史からみれば、何もおかしいことではない

 これは先ほど上記でも解説した、近代国家で公的に記録された最初の吸血鬼による事件、ペーター・プロゴヨヴィッチ事件アルノルト・パウル事件から始まる、一連の吸血鬼大論争が原因だ。この吸血鬼大論争では、科学者、神聖ローマ帝国行政官、聖職者はもちろんのこと、女帝マリア・テレジアの侍医だったゲラルド・ファン・スウィーテン、当時のローマ教皇ベネディクト14世までもが吸血鬼に関する論文を発表した。とくに発端が神聖ローマ帝国領(より正確にはオーストリア・ハプスブルグ家領)だったから、ドイツ語の報告書が多かった。この時、ドイツ語圏の報告書では度々ヴァンパイアのことを、ドイツでは古くから吸血動物を意味する”Blutsauger”という単語を用いて、ヴァンパイアを説明していた。※6

 
このBlutsaugerはGoogle画像検索すればわかるが、蛭の画像がヒットする。そしてこの吸血鬼大論争では聖職者は、非科学的な宗教理論だけで吸血鬼の存在を肯定、或いは否定をしてきた。だが聖職者でありながら啓蒙思想的・科学的に吸血鬼信仰を否定して有名となったフランスの聖職者に、ドン・オーギュスタン・カルメという人物がいる。そのカルメ師も、ヴァンパイアという存在を説明するのにフランス語で「蛭」を意味する「sangsue」※7という言葉を用いて説明していた。(参照1) (参照2)

 カルメ師の論文は数十年経っても有名だったようで1823年、あの大デュマが偶然フランスの幻想文学作家のシャルル・ノディエと吸血鬼の芝居小屋で出会った時、ノディエは嬉々としてカルメ師の論文のことを引き合いに出して蘊蓄を語りだしたことを、日記に残している。※8

 このように、当時西欧でvampairの存在が知られだしたころの論文では、ヴァンパイアを蛭に例えていたことが伺える。とくにカルメ師の論文は数十年経った後でも、有名だったようだ。オランダではヴァンパイアを蛭と紹介していたかどうかまでは確認できてない。だが王宮で読まれていたフランスとオランダ系の雑誌「ル・グラヌール」1732年3月3日号では、先ほどのアルノルト・パウル事件を詳細な資料を載せて紹介したという。※9

 これは個人的な推論となる。ル・グラヌールでは詳細に解説していたとあるので、ヴァンパイアを蛭のような化け物と紹介していた可能性は、高いと見ていいだろう。1800年代になるとポリドリの小説「吸血鬼」から始まる、現在の吸血鬼に近い”かっこいい吸血鬼”が登場して世間を騒がすようになるが、学術書では相変わらず「(民間伝承で伝わる)吸血鬼とは、悪霊が死体に取り付いて、蛭みたいな血を吸う」と紹介していたのだろう。新ポケット英蘭事典はそういった学術書を参照したのだと考えられる。それを幕末の堀達之介らが見て、ヴァンパイアを蛭と訳したという流れになったのではないだろうか。


※6 「血のアラベスク 吸血鬼読本」:須永朝彦/ペヨトル工房/1993年 P28
※7  当然、sangsueも検索すると蛭の画像が出てくるので検索注意。
※8 「吸血鬼幻想」:種村季弘/河出文庫/1983年 P173
   1823年に出会ったという情報は吸血鬼幻想にはなく、このサイトより引用
※9 「吸血鬼伝説」ジャン・マリニー・著/池上俊一・訳/創元社/1994 P52



 以上、英語vampire:ヴァンパイアの最初の訳語は、現状確認できる資料を見る限りでは「吸血鬼」ではなくて「蛭」であったということが判明した。何も知らなければ、何故「蛭」なのかと思ってしまうだろう。だが今見てきたように西欧の「ヴァンパイア」という存在がどのようにして生まれてきたのかを見ていけば、そうおかしな話ではないことが分かって頂けただろう。

 長くなったので今回はここまでとしたい。次回の記事では、「vamapire」の訳語として「吸血鬼」と最初に充てたのは一体何時で、誰なのかということについて解説していく。

 ここまでご覧いただきありがとうございました。一部間違った解説をしていますが、動画では一先行して紹介しているので、よろしければそちらの方もご視聴下さい。

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この記事を先行して紹介した動画

この記事は2018年10月1日にブロマガで投稿した記事を移転させたものです。
下記は元記事のアーカイブ

web.archive.org

次→『吸血鬼』は和製漢語で中国へ伝来した!【ヴァンパイアの訳語の歴史②】 

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