吸血鬼の歴史に詳しくなるブログ

吸血鬼の形成の歴史を民間伝承と海外文学の観点から詳しく解説、日本の解説書では紹介されたことがない貴重な情報も紹介します。ニコニコ動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼」もぜひご覧ください。

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最初の吸血鬼小説&最初の女吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の解説

 この記事は前の記事でストーリーを紹介したティークの吸血鬼小説「死者よ目覚めるなかれ」を解説する記事ですので、「死者よ目覚めるなかれ」の本文をご覧になってから、この記事をお読みください。


【2017年9月28日追記】
 その後の調査で、「死者よ目覚めるなかれ」は、ティークではなく作者は別にいるという説が海外では主流になっていることが判明しました。
また、『最初の吸血鬼小説&最初の女吸血鬼の小説』と紹介させて頂きましたが、これも違う可能性が出てきました。
詳しくは下記記事をご覧ください

吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の作者はティークではなくて別人だった!本当の作者とは!?

 【追記ここまで】

 原文はこちらから

PGA(死者よ目覚めるなかれの英訳版・パブリックドメイン)
サイト名不明(死者よ目覚めるなかれの英訳版・パブリックドメイン)
Wake Not the Dead (English Edition) Kindle版
(死者よ目覚めるなかれの 英語訳・kindle版 日本円で購入可能)
Lasst die Toten ruhen (German Edition) Kindle版
(死者よ目覚めるなかれの ドイツ語原著・kindle版 日本円で購入可能)

【目 次】

吸血鬼小説・ティークの『死者よ目覚めるなかれ』の日本語訳を公開します
②この記事
吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の作者はティークではなくて別人だった!本当の作者とは!?

エルンスト・ラウパッハ、吸血鬼小説『死者よ目覚めるなかれ』の本当の作者について
世界初の女吸血鬼の小説は『死者よ目覚めるなかれ』ではなく、E.T.A.ホフマンの『吸血鬼の女』だった?


「なんじゃこりゃぁあ!!!?」

私がこの作品を最初に見た時の第一声です。
吸血鬼の事典や萌える!ヴァンパイア事典で紹介されていた概要は

夫ウォルターは、死んだ妻を思い続ける。そしてある日、魔法使いと知り合ったので生き返らせて貰う。
                   ↓
ブルンヒルダは特に子供を餌食にしていた。そして夫だけは襲わないようにしていたが、血の衝動には勝てず、遂に「魔法の虜となった」夫を襲ってしまう。
                   ↓
そして夫は魔法使いにブルンヒルダを殺す方法を聞いて、ブルンヒルダを殺す。

というものです。これだけなら、「ああ、死んだ妻が忘れない良い夫なんだな。妻も妻で、夫だけは襲わないように、血の衝動に負けないようにしていた。なんて美しい夫婦愛なんだ」と思うしかありません。少なくとも私はそうとしか取れませんでした。

ところが実際の物語は次の通りでした。

・ウォルターの妻ブルンヒルダは死んでしまう。

・ウォルターはその後、スワンヒルダという女性と結婚彼女との間に男子と女児を設ける。

・けどウォルターはブルンヒルダを忘れられない。ある日魔法使いが訪ねて来たので散々魔法使いが反対するなか、ブルンヒルダを蘇らせる。

・蘇ったブルンヒルダと暮らすべく、スワンヒルダに離婚状を突きつけて彼女を追いだす。

・幸せに暮らすも、ブルンヒルダは恐怖で城を統治する。また近郊の子供たちを次々と餌食にする。死なずに済んだ人は次々と領地から逃げていく。

・襲う子供がいなくなったので、ブルンヒルダはウォルターの子供を襲い死なせる。そしてついにウォルターをも襲うが、気付かれてしまう。

・ウォルターは魔法使いを探し出して、ブルンヒルダを殺す方法を聞いてブルンヒルダを殺す。

・何もかも失ったウォルターは、スワンヒルダとよりを戻すべく許しを乞いにいくも断られて泣きじゃくる。

その帰路、スワンヒルダに似た美女をお持ち帰りする。

・そして結婚式あげて、パコろうとした瞬間に彼女はヘビに変身してウォルターは押し潰されて死んでしまう。

うーん、これは酷い…
もうとにかく、ウォルターという人間のクズっぷりが目を引く物語でした。

 ウォルターにはスワンヒルダという後妻がおり、しかも彼女との間に子供までもうけているではありませんか!最初スワンヒルダの存在を知った時は、困惑しかありませんでした。だって萌え事典の概要を見たあとだと、スワンヒルダはどうあがいても悲劇しか訪れないことが予想できたからです。しかしその悲劇は、スワンヒルダに一方的に離婚状をつきつけ、しかも子供たちとは引き離すというもの。このウォルターの想像以上のクズっぷりには「ええ…」と困惑するしかありませんでした。
 だがこのクズっぷりはまだ序の口であるということを私はまだ知らなかった。ブルンヒルダに襲われてからようやく事の大きさに気付き後悔するという始末。散々老魔法使いに「死者を起こすな」「死者を起こしても恐怖が待っているぞ」などと煩く言われたものだから「うるせえ、この耄碌ジジイ!(直訳)」と言った後、「私は後悔しない、ブルンヒルダを愛する!(キリッ)」と返す。だけどブルンヒルダに襲われた後は「Monster!(原文まま)」とか「"Creature of blood!"(原文まま)」と、日本人でもすぐに分かる英語で罵る手のひらの返しっぷりには、ある種の清々しさを感じたほどです。
 なんやかんやあってブルンヒルダを殺したあと、スワンヒルダと依りを戻そうとして、スワンヒルダの足元で惨めに許しを乞う姿は唖然としました。これだけでも呆然とさせられる行為ですが、ウォルターの行動は斜め上を突き抜けました。その後知り合った女性に惚れて結婚する始末。流石にこのシーンを見た時は目を疑い、翻訳が間違っているんじゃないかとか、自分は何か文章を勘違いして読んだのではないのか思ったぐらいです。最初は綺麗な夫婦愛の物語と勝手に想像していただけに余計にです。そして最後はその女性が蛇に変身して押し潰されて死ぬという結末でした。まあ死んで当然という感想しか出てこなかったです。

 この作品を見て思ったことは、とくに最後の展開が唐突であり、因果応報的なオチはどこか民話みたいだなと思いました。実際「ゆっくりと学ぶ吸血鬼第11話」でこの物語を紹介したときも、似たようなコメントを頂きました。これに関しては作者のヨハン・ルートヴィヒ・ティークという人物を見ていけば、その答えとなるものが見えてきます。

 Wikipediaにある彼の記事を見ると、彼はドイツのロマン主義を代表する詩人で作家です。そしてwikipediaにはない情報として、マシュー・バンソンの吸血鬼の事典の解説によると、ティークは民俗学者でもあったとあります。1795年頃には彼は完全にロマン派に転向したとされ彼の作風は、初期の小説作品は民話や伝承に、ある時は劇的・風刺的で、ある時は簡潔な脚色を施したということです。彼の実力は本物で、あのゲーテとシラーに出会ったとされています。また彼の作品を元に、ブラームスにより『ティークの「美しきマゲローネによるロマンス」』メンデルスゾーンにより『6つの歌 Op.47より「愛の歌」』がそれぞれ作られています。このように名立たる音楽家にもその実力が認められていたことが伺えます。

 1819年にドイツのドレスデンに移住した後は、ノヴェレ(短編小説)のスタイルを採用しています。これは叙述という要素を全く重要しておらず、ストーリーはある意図やイメージを描写するための手段に過ぎない。これらノヴェレの中で最も重要なものに『絵画』『旅人』『山の老人』『田舎の社会』『婚約』『音楽にまつわる苦悩と歓喜』『人生の流れ』など挙げられると、wikipediaのティークの記事にあります。

 さてこのティークの作風の解説から見えてくることは、今回紹介したこの「死者よ目覚めるなかれ」も、民話を元にした物語であるということが推察されます。ティークの作風は民話や伝承に脚色を施したものが多いということからもまず間違いないでしょう。ティークが「ノヴェレ」という手法を用いたのは、wikipediaの解説を文字通りに受け取るなら、1819年以降のことであり、「死者よ目覚めるなかれ」を作った1800年時点ではまだ採用されていないということになります。ですがストーリーの唐突さを考えれば、この「死者よ目覚めるなかれ」も、オチありきの作品であり、ストーリーはあくまで、ある意図やイメージを描写するための手段でしかない「ノヴェレ」の手法ではないかというのが見えてきます。

【2017年9月29日追記】
 その後の調査で、この作品の作者はティークではなかったことが判明しました。1800年初版であるとマシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」では紹介されていますが、この本の初版は1823年、ドイツの「ミネルヴァ」というアンソロジーに収録されたのが、現在確認できるものでは最も古いものです。そしてこの「ミネルヴァ」は教訓的な話を紹介することを目的としたアンソロジーだったそうです。このあたりについては、次の記事で詳しく解説します。
【追記ここまで】
 
 ここで1つ気になることがあります。作者はドイツ人であり原著は当然ドイツ語です。マシュー・バンソンによると原著は1800年にドイツで出版されたとし、英訳されたのは1823年が最初であり、それは三巻本のアンソロジー 『北方諸国の物語とロマンス(Popular Tales and Romances of the Northern Naions』に収録されたとしています。そして原著も英訳版もどちらもパブリックドメインなのですが、グーグル検索ではヒットするのは英訳版しかヒットしません。ドイツのkindleストアで検索してみても、ドイツでは英語版しかヒットせず、ドイツ語版が見当たりません。題名をドイツ国限定で検索してみ ても、ヒットするのは英訳版のみでした。そういえばティークのドイツ語wikipediaには彼の著作が多数紹介されていますが、この「死者よ目覚めるなかれ」はありませんでした。もしかしたら何かのアンソロジー本と一緒に掲載されたなかの一作品なのかもしれません。

※注意
冒頭で説明したように、この作品はティーク作ではありませんでした。
そのあたりの解説は次の記事をご覧下さい。


 次はこの作品に出てくる吸血鬼について解説しておきます。今日吸血鬼と聞くと、牙を生やしていてそれを首筋に刺して血を吸う、なんていうのが想像されます。場合によっては血を吸われたら吸血鬼になるという設定もあったりします。吸血鬼は日の光を浴びると灰になって死に、にんにくや十字架が弱点なんていうイメージもあるでしょう。

 ですがこれらのイメージは吸血鬼ドラキュラからであり、それ以前の吸血鬼にはこうした特徴ありません。今の吸血鬼像は徐々に形作られていったもので、その一つの完成系がドラキュラであったというだけです。そしてドラキュラ以前にも吸血鬼小説というのは多数あり、この「死者よ目覚めるなかれ」は、まだ今の吸血鬼像が固まる前に作られた小説ということになります。そしてこのブルンヒルダは民間伝承で伝えられていた吸血鬼に近い特徴を持っています。前の記事でも紹介しましたが、この作品が『小説』という媒体では一番最初の吸血鬼作品であり、『小説』という媒体において最初に出てきた女吸血鬼の作品となります。
※注意1
詩を含めればもう少し古い作品はありますし、民話や神話も含めるともっと古い吸血鬼作品はあります。あくまで小説という媒体で見てみた場合の話です。

※注意2
この作品が最初の「吸血鬼小説&女吸血鬼が出てきた最初の吸血鬼小説」ではありませんでした。
詳細は次の記事にて解説します。

 民間伝承の吸血鬼というのは、胸から心臓の血を吸うと考えられていました。その方法として皮膚から血を吸ったのだろうとか、乳首からどうにかして血を吸ったのだろうと解釈されました。変わったところだと眉間からというものもありました。また18世紀頃の雑誌では「吸血鬼は耳から血を吸う」とありました。首筋からというのは完全なる創作です。ここら辺はきちんと説明するにはとてつもなく長くなるので、詳しく知りたい方は「ゆっくりと学ぶ吸血鬼シリーズ」をご覧になってください。(特に5話~8話を参照)

 話を戻すと民間伝承の吸血鬼というものは、地域によっても違いますが、吸血鬼というものは「胸から血を吸う」というものが広く伝わっていました。なのでブルンヒルダが「胸から血を吸う」というのは、当時語り継がれていた吸血鬼の血の吸い方を採用したということになります。

 では今の吸血鬼がいつ牙を持ち、首筋から血を吸うようになったのか、日の光が弱点になったのか等については、今後私の動画シリーズで解説しますので、どうか気長にお待ちください。

 さて、私の動画シリーズをご覧になっている方はホビージャパン/TEAS事務所の「萌える!ヴァンパイア事典」をお持ちになっている方が多いと思います。そこには今回紹介したブルンヒルダの絵も掲載されていますが、そこに描かれているブルンヒルダは金髪でした。ところが実際のブルンヒルダは漆黒の髪を持つとされており、金髪だったのは後妻のスワンヒルダでした。これは絵師さんは指定されなければ分からないから仕方がないでしょう。
 もう一つ。萌え事典には「ブルンヒルダは日光が苦手」と書いてあります。こう書かれていると、「ああ、いかにも吸血鬼らしい弱点だな」と思われたことでしょう。しかし萌え事典はあくまで「日光が苦手と書いてあり、決して「日光が弱点であるとは書いていません。そして原文を見てみても、ブルンヒルダが蘇った直後は「私はまだ目が弱すぎるから日の光に耐えられない」と言っており、その後は徐々に慣らしていきます。そして最後は「光が満ちた中」で、ウォルターはブルンヒルダの姿を見つめます。このようにブルンヒルダは日光の中でも普通に活動できるので、日光が弱点という訳ではありません。ただその後の展開に置いては、昼間の活動は避けており、月夜の晩を好んでいたことが伺えます。このように現在の吸血鬼からブルンヒルダは日光が弱点だと連想しがちですが、ここは文字通り「日光が嫌いなだけ」と受け取るべきでしょう。むしろブルンヒルダは、月が全く見えなくなる新月の時だけは眠りにつくので、ブルンヒルダの活動には月が大いに関係しています。
 実は19世紀初期の頃の吸血鬼小説に置いては、吸血鬼と月は密接な関係にありました。特に1819年に出版されたジョン・ポリドリの小説『吸血鬼』に登場する吸血鬼ルスヴン卿は、「月光を浴びると復活する」という設定でした。そして海外の研究者によると、このポリドリの吸血鬼から演劇を作ったジェイムス・ロビンソン・プランシェの作品から少なくとも50年間は、月と吸血鬼は密接に関係していたとする研究結果を発表しています。現在の吸血鬼創作では月がモチーフとなることもありますが、19世紀頃の小説では月は吸血鬼を復活させるものであると、月と吸血鬼は密接な関係にあったというのが、海外の研究者の見解のようです。

(月と吸血鬼の関係の解説は、英wikipedia:Vampire_literature(吸血鬼文学)を参照。wikipediaの記事は『Nina Auerbach (1981) Our Vampires, Ourselves: 119–47.』を参照している。著者のニーナ・アウアーバッハは、ペンシルバニア大学教授。教授自身のwkipedia記事もあり)

 さて物語の内容は見て頂いた通りなのですが、2つ疑問が残りました。1つ目は何故ウォルターの呪いは再発してしまったのか、ということです。魔法使いは「ブルンヒルダを殺した後は、ブルンヒルダのことを思ってはいけない。もし想起してしまったのなら、彼女のことは忘れるという誓いをそのたびに思い出せ」と言っています。ですが本文を見る限りだと、確かにブルンヒルダのことが忘れられなかったのですが、その度に忘れようとしています。だから戦争に身を費やしたりして忘れようとしていました。そしてその後後妻スワンヒルダとよりを戻そうとしたりしています。なにより最後はスワンヒルダ似の美女と出会って悲しみは完全に忘れたとあります。これはどういうことなのでしょうか。ブルンヒルダのことを忘れようとしても忘れられなかった期間があったから、呪いが降りかかったということなのでしょうかね?私の考え過ぎなのかもしれませんね。

 2つ目は、マシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」による解説では、夫・ウォルターは「魔法の虜」になったから、妻・ブルンヒルダに襲われてしまうと紹介されています。またブルンヒルダは「恐るべきラミアになった」とも解説しています。

だがブルンヒルダは「暖かい生命の炎を保つ」ことができず、人間の血から栄養を得たいと言う衝動に負け「若者の動脈から暖かさを」得た。
恐るべきラミアと化した彼女は、始めは無垢な子供たちを餌食にしていたが、最後に「魔法の虜となった」夫を襲う。
本作は、その性的シンボリズムと隠喩によって、当時大きな影響力をもった古典作品である。

 上記は「吸血鬼の事典」のあった原文をそのまま抜き出したものです。確かに「魔法の虜となった」とあります。しかし私が翻訳した限りでは、ブルンヒルダが夫ウォルターを襲いだしたのは、単純に獲物がもうウォルターしか残っていなかった、としか読み取れませんでした。ブルンヒルダは最初、無垢な子供ばかりを餌食にしており、その勢いは凄まじく、あっという間に子供の数が減っていったほどです。子供ばかりが老いたり死んだりするので、領民は逃げ出すので、子供どころか単純に人口が激減していきました。そうしてウォルターの子供たちを餌食にした後、残っていたのは、逃げることが出来ない老人や、ウォルターに仕える老僕ぐらい。その中で一番若いのがウォルターという有様でした。このマシュー・バンソンの解説は一体どういう意味なのかよく分かりません。「吸血鬼の事典」の原著である「The Vampire Encyclopedia見てみると次の記述となっています。

A dreadful lamia, she chooses innocent
children as her victims until finally turning on her mortal
"spell-enthralled" husband.

 上記の文を機械翻訳ほか、いくつかの有料翻訳サービスに翻訳依頼をお願いしましたが、やはり、「魔法の虜となった」夫を襲うようになる、という翻訳になっていました。以上から翻訳ミスは考えられません。となるとなぜマシュー・バンソンはこのように解説したのか、見当もつきません。これはもう本人に聞かないと分からないでしょう。

 上記の文でもう一つ気になるのが「ブルンヒルダは恐るべきラミアとなった」という箇所です。ブルンヒルダは吸血鬼になったとはありますが、蛇女で有名な「ラミア」になったという文は、原著には見当たりません
 ブルンヒルダとラミアの共通点は、女であること以外に、血を吸う獲物に関しては「子供ばかりを狙った」ということで共通しています。だからブルンヒルダをギリシア神話に登場する有名なラミアに例えて紹介した、というのが考えられる理由です。実際「吸血鬼の事典」では「ラミア」という言葉の部分が太字で強調(英語原著は斜体)で強調しています。
 もう一つ考えられる理由は、単純に翻訳ミスしたというものです。ラミアという単語は他にも「妖女」とか「魔女」の意味もあります。だから「妖魔となったブルンヒルダは…」とした方がしっくりくるのは確かです。ですが「吸血鬼の事典」は関連項目は太字にするという規則があるので、ここはやはり蛇女で有名な「ラミア」に例えた、と考える方がいいと思いました。まあそれならそれでなぜこのような誤解を生みやすい表現で紹介したのか、少々不可解ですが。どちらにせよ、マシュー・バンソン本人に聞かないと分からないでしょう。


 最後に一つだけどうしても解説しておかなければならないことがあります。それはこの作品の題名「死者よ目覚めるなかれ」誤訳であるということです。この小説が日本で最初に紹介されたのは、恐らくマシュー・バンソンの「吸血鬼の事典」の日本語訳が初出であり、以降の吸血鬼解説本ではこの吸血鬼の事典の日本語訳に倣っているようです。
 ですがこの作品の原題名はWake Not the Dead」であり直訳すると「死者を起こさないで下さい」となります。そしてこの作品の落ちとして最後に「死者を起こすことなかれ!」という言葉で締めくくられます。「死者よ目覚めるなかれ」だと「自発的に起きる」という意味になります。英語なら「The dead must not wake up」という文にしなければなりません。この作品は死者である妻を生き返らせてしまったことにより、夫が悲劇を迎えるわけですし、度々魔法使いが「死者を起こしてはならぬ!」と警告しています。以上からこの作品の題名は「死者を目覚めさせることなかれ」「死者を起こすことなかれ」が正しい題名でしょう。
 そしてこれはある方からご指摘を頂いたのですが、キリスト教的な西洋の価値観だと死者って究極的には目覚めるものであるから、「死者よ目覚めるなかれ」だと、原文と違って微妙に反キリスト教的になっているというご指摘も頂きました。とにかく、「死者よ目覚めるなかれと」いう題名は正しくはないというのが私の見解です。個人的には「死者を目覚めさせることかれ」は言いにくいので、「死者を起こすことなかれ」を採用したいところです。

※現代英語ならば「Don't wake the dead」という表記が正しいです。ですがこの小説は古英語であり、当時の否定命令文は「動詞の原型+not」だけでも成立していたという情報を見かけました。

【2016.6.26追記】
ドイツ語の原題名が判明したのですが、ドイツ語の原題は「Laßt die Todten ruhen」であり、英語では「Let the dead rest」、これは「死ぬままにしておけ」という意味になります。このように「死者は眠らせたままにしておけ」言い換えると「死者を起こしてはいけない」という意味が、原著の題名には込められていました。なので「死んだ者よ、目覚めてはいけません」という意味のある「死者よ目覚めるなかれ」という邦題は、よろしくないということがこのドイツ語の原題名からも伺えます。
【追記ここまで】


 解説は以上となります。私の動画「ゆっくりと学ぶ吸血鬼第11話」でも紹介した作品ですが、あちらにはちょっと間違った解説もありました。具体的には魔法使いは生き返らせるデメリットをウォルターに言わなかったと、動画では解説していました。ですが実際はウォルターが「うるせえ、この耄碌ジジイ!(直訳)」という程、がっつり警告していました。しかしこの魔法使い、自分は善でも悪でもないとか、死者は起こしてはいけないと散々警告していますが、この魔法使いこそが元凶としか思えません。ウォルターがこの魔法使いを探し出したのなら魔法使いのいうことも最もなのですが、自分から首を突っ込んでウォルターを惑わせていますからね。ウォルターを唆しにきたとしか思えなかったよ。
 あとブルンヒルダを殺す時は2度剣で突いたと動画では解説しましたが、突いたのは1回だけでした。なぜこんなミスをしたのだろうか…

 以上が作品の解説です。冒頭でも申しましたが、綺麗な物語を想像していたら、夫ウォルターのクズさが突き抜けていたよ、という感想に終始しました。

 この作品は日本語訳がないので、「一体どんな作品なのだろうか、ぜひ読んでみたい!」という書き込みが、昔からネット上で散見されました。まさかこんなクズな男の物語とは思いもしていないだろうなぁ…

と、長くなってしまいました。以上で解説を終わりたいと思います。

 この「死者よ目覚めるなかれ」、いや「死者を起こすことなかれ」について、他にも何かご存じな方がいらっしゃれば、ぜひ情報をお寄せ下さい。ここまでお読み下さり本当にありがとうございました。

 

この記事は2017年6月10日にブロマガで投稿した記事を移転させたものです。
リンクは修正しましたが、抜けがあればご連絡ください。
下は元記事のアーカイブ。

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